霊感御曹司と結婚する方法

採用決定!

「蒼子。そろそろ起きなさいな」

 聞きおぼえのある声だ。いつくらいぶりだろう。

「え……? お母さん?」

 驚いて目を覚ました。ここは、病院だと母は言った。

 母は、昨晩、出張先で私が倒れたと会社から連絡を受けて、今朝の始発の新幹線で来たらしい。

「あんた、転職するんだって?」

 そんなつもりはない。

「ヘッドハンティングって、人事部長さんが、そうおっしゃって。あんた、何したの?」

「今の会社を辞めるだけだし。……言ってなかったっけ?」

「今、初めて聞いたわ」

「あれ……、そうか。まあ……、いろいろ片付いたら、ちゃんと話しに帰る」

「今朝は、お父さんも来るつもりにしていたんだけど、急に会議が入ったみたいで、事故とかじゃないから急ぐことじゃないだろうって」

「そのとおりだし……」

 そうだ。事故じゃないのはわかっているが、自分が倒れた経緯を思い出して冷や汗が出てきた。村岡さんと昼食中だったはずだ。
 
 熱もないし、怪我もない。

 母と医師の診察を受けたあと、昼から用があるという母を速攻帰し、自分は本社ビルに向かった。

 診察での医師の説明にとりたてて悪いところはないということだった。それは自分でもわかっている。身体の不調は精神的なものからきている。血液検査でわかるものではないし、原因は何であるかわかっている。自分ではどうにもできないことだから、病んでしまっていることもわかっている。

「本部長、大変すみませんでした。本当に、本当に、最後の最後まで会社にご迷惑をおかけして、何とお詫びしたらいいか……」

「もういいの? 村岡くんに会って彼のところに行くことを決めたんだろう? 今後そこでうまくやってくれたらいいだけだから。頑張りたまえ」

 話がおかしい。でも、大失態をおかした手前、その場で違うとも言えなかった。

「会社の立ち上げメンバーということで不安だとは思うが、きっと後悔はしないはずだよ。村岡くん、彼は若いが優秀で信頼できる男だ」

「はい……。頑張ります」

 話を合わせて、適当に答えながらも、もう、何がなんだかわからなかった。村岡さんにあって謝罪しようにも私は彼の連絡先を知らない。今更、本部長に彼の連絡先を聞くのもおかしい。

 申し訳ないけど、この話は勝手になかったことにするしかないと思って、本社ビルを後にした。  

 この会社と縁が切れるのも、もはや一週間も残っていなかった。
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