霊感御曹司と結婚する方法

福利厚生

「本当に身一つで乗り込んできたんだな」

「……そうしろとおっしゃったから」

「後日、引越し業者がくるんだろ?」

「ないです」

「荷物は本当にそれだけか? 俺といい勝負だな」

 村岡さんは私のスーツケースを見て言った。

「言わせていただくと、もともと実家に帰る手はずで進めていたんです。家電とかはほぼ処分しました」

「ところで、寝具はどうする? 今晩の」

「え?」

「考えていなかったんだな。俺の使い古しのベッドなら、週末に処分予定で残っているが使うか?」

「え? いえいえいえ、いいです」

「じゃあ、どうする?」

「ね、寝袋買ってきます」

「今からか? バカなこというなよ」

「じゃあ、一日くらい寝なくても大丈夫ですよ。慣れていますし、明日買いに行きますから」

「さらにバカなことだな。まあ、処分予定だったが、いうほど使っていない。これから買うぐらいなら使っておけ。ブランケットもあるし」

 この歳の女にして、世間知らず丸出しというか、とても恥ずかしい。大体、最近知り合った男の部屋に乗り込んで住まうなんて結局両親には言えなかったし、適当にごまかしておいた。

「まあ、上がれよ。案内する」

 中に通されると生活感はまるで無かった。広々としたリビングにはソファだけで、テレビもテーブルもない。

「確かに身一つで来いと言ったのは俺だ。生活に必要な家電はまだ新しいし、ほとんど使っていないから引き継いで使ってもらおうと思う。それも冷蔵庫と洗濯機くらいか?」

 キッチンは豪華なアイランド型でリビングとつながって広々としている。しかし、ほとんど使われた形跡はない。据付のカップボードにはマグカップとグラスが一つずつ入っているだけで何もなかった。

 洗面所やバスルームは多少使われた形跡はあるものの、キレイなままだ。

「部屋は自由に使ってほしい。俺の残っている私物はクローゼットの、あまり着ない洋服くらいだ。金目のものはないから安心しろ。ベッドは週末に処分するように手配してあったんだが、このまま使うなら置いておく。鍵はこれが全部だ。預けておく」

「……ありがとうございます。あの、光熱費の請求ですが……」

「言われた通り、君のクレジットカードに切り替える申請をしておく。書類がきたら手続きをしておいてくれ」

「あの、キッチンは使ってもいいですか? ……きれいに使いますから」

「好きにしたらいい。俺は使ったことがないが、動くだろう」

「お湯も沸かさないんですか?」

「蛇口から出るからな」

 村岡さんは、ひととおりの説明を終えると帰っていった。彼がどこに帰るかは聞かなかった。

 とりあえず今晩は村岡さんの寝室で寝ることにした。とてもじゃないがベッドを一人で、動かせそうにない。

(シングルを二つ並べてあるだけなんだろうけど……)

 一つだけ借りたいが、下手に動かして何処かにぶつけたりしたら大変だ。

 寝室が広すぎて落ち着かなかった。部屋の真ん中にベッドとスタンドライトが置いてあるだけで、やっぱり何も置かれていない。

 たぶん、彼はここに寝に帰るだけの生活だろう。そのための部屋にしたら立派すぎる。こんなところに一人で住めるってどういうお家の人だろうと思う。

 駅前のマンションで、地下駐車場付きで、部屋は最上階だ。立地は、郊外といっても新幹線が止まる駅も近い。

──死んだ祖父さんが住んでいたマンションを売って職場に近いから、ここを買った。一応、事業融資の担保にもなっている。

 村岡さんはさらっと言った。

 私は、保険金目当てに殺されることはなさそうだけど、やっぱりこんなによくしてもらういわれも無い。

(お金貯めないと……。お金貯めて早いとこ、ここを出ないと)

 そうじゃないと、この部屋自体が私を拒否して追い出しにかかるかもしれない。

 いつもは考え事をしていると、そのうちに目がさえてきて眠れなくなっていたのだが今日は違った。自分と違う匂いのする肌触りのいい毛布にくるまって、身体がほんのり暖かくなるのを感じて、いつの間にか眠っていて、夢を見ることなく目が覚めて、そして夜が明けていた。
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