霊感御曹司と結婚する方法
 その頃の向井さんは、調子のいい時と悪い時が、短いスパンで交互にやって来ていることが、会うたびにわかるようになっていた。

「腰がどうにも痛くてさ……。CTも撮ってもらって、医者は異常は無いって言っているけどね」

「薬は効いていますか?」

「ああ。それも大丈夫。血液検査の数値も変わらないって」

「じゃあ、普通の腰痛かもしれませんね」

「医者もそう言ったよ。安心して? ごめん、心配させるために今日は呼んだんじゃないんだ」

 涙目になっている私の手を握って、向井さんは慌てて言った。無理に笑顔になってくれているのがよくわかった。

 彼が一通の封書を私に差し出した。角二号サイズの厚紙で出来た封筒で、きっちりと封がされていた。

「これ、持っていてほしい」

「何ですか?」

 私は封書の表裏を確認したが、何も書かれていなかった。

「あ、開けないで。今は。僕がいいって言うまで絶対に開けないで。この先も」

「……遺書とかですか?」

「縁起でもないことを言わないでくれよ」

「ごめんなさい」

「僕、死ぬつもりは全然ないから。君のためにも。……そんなんじゃないから安心して?」

「ヒントを教えて下さい」

「そうだな。芸術作品かな。前衛芸術っぽい。全部揃って初めて意味を為す。それはひとつのパーツにすぎなくて、まだ続きはあるんだよ。今はそれくらいで勘弁してよ」

 向井さんは、それ以降、私と会う頻度を少し増やしていった。

 彼の腰痛は治まることは無くて、車の運転も出来なくなっていた。それで待ち合わせて会うのは、会社から少し離れた駅前の外資のセルフの喫茶店になった。

 そして、会うたび同じ封書を手渡された。

「全部揃うまで、まだかかると思うけど。それまでは、絶対に中をみないで」

 何通も続くと、もはや彼の死にまつわる何かとしか取れない。向井さんは、このところの体調の悪さも相まって、これを私に渡すことに躍起になっているようにも思えた。

 私も何も言わず受け取り続けた。

 中身を追求すると、彼との関係が終わり、彼の寿命も尽きると思って、出来なかった。

 そして、歳の瀬が迫った頃、

『しばらく入院するから会えない。薬を変えることになった。その為の入院だから、心配しないで』

 というメッセージが向井さんから来た。

 どこの病院とか、いつまでとか具体的なことは聞いても教えてもらえなかった。

 十二月の鉛色の曇り空と、短く過ぎていく夕暮れ。これと同じ景色を、彼はどこで見ているのか。彼と過ごすことが無くなった週末は、ひとり、自分の部屋の窓から景色を眺めてそんなことをずっと考えていた。
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