一夜限りのお相手が溺愛先生へと変貌しました




しかし一つ引っかかるのは、そういう条件を受け入れてまで椿と関係を持った女性達の存在。



「……それほど、椿さんが好きなんですね」
「え?」
「あ!いや、その条件を知っていても誘われるなんて、相当椿さんはモテるんだなぁって」



濡れていた箇所をあらかた拭き終えた繭が、何となく思った事を呟くと、少し驚いたように椿が目を丸くする。

てっきり軽蔑されていると思っていただけに、双方同意の下である事を理解した繭の言葉は、椿の心を軽くした。



「あとは痛い目見ないように祈ってます」
「……繭さん的にはどうですか?」
「はい?」
「俺の事、好きになりそうですか?」



そう言って甘く微笑んだ椿に、一瞬心臓が跳ねて酔いしれそうになる繭だったが、すぐに気を持ち直して丁重にお断りする。



「……それ以前に、不特定多数の女性と遊んでる時点で私的にはノーなので」
「ははは、ですよね。繭さんは真面目そうだから」
「…………」



拒否されたのに笑って受け答えする椿は、きっと人からどう思われるかわかった上でそんな遊び方を続けている。

だとしたらそれを止める権利も軽蔑する権利も自分にはないと思った繭は、ただただ椿が背後から刺されない事だけを祈った。



「おい椿、繭さん口説くなよ」
「わかってますって」



繭と椿に新しいグラスを用意してくれたマスターが、二人の会話に割って入る。

あんな事があった後なのに懲りないなぁという言葉が顔に書かれていたマスターを見て、咳払いをする椿は当たり障りなく繭を誘った。



「飲み直しましょう、先程のお詫びにここの支払いは俺が」
「え、ダメです椿さん来る前から飲んでるし……」
「それに繭さんのツイてない話、聞きたいんで」
「うっ……」
「俺が慰めの言葉かけますから、ね?」



再び微笑んだ椿はグラスを持って乾杯を促してくるので、断りきれなかった繭は顔を背けながら自分のグラスをコツンと当てる。


こんな軽いキッカケが、まさか人生を動かすほどの出会いになるなんて。

この時の繭もそして椿も、当然知る由もなかった。



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