一夜限りのお相手が溺愛先生へと変貌しました
「…………ん」
朝日による部屋の明るさに、不快感を表す椿が眉間にシワを寄せて寝返りをすると、ゆっくり瞼を開けた。
まだ寝ぼけている頭で状況を整理しようとするも。
普段セックスした後は眠る事なくお金を置いて部屋を出ていく椿が、今日に限って寝落ちした上に朝になるまで部屋に滞在していたなんて、と本人が一番驚いていた。
それほどまで体力を使い果たし、安心しきっていたのか。
昨日から調子を狂わされてばかりの椿が上半身を起こすと、先程まで抱いていたはずの繭の姿も痕跡も残されていない事に気がつく。
ただ、昨日脱ぎ捨てたはずの椿のスーツはハンガーに掛けられ、下着は丁寧に畳まれてベッドの上に。
「……繭さん……」
そして枕元に置かれた現金が視界に入った瞬間、堪らなく喪失感が込み上げてきた。
部屋に置いてけぼりはもちろん、別れの挨拶も無しに女性に去られるのは初めての経験で、プライドを傷つけられたような感覚もあったがそれ以上に。
「…………」
抱いた女性に依存するはずのない椿が、繭の寝ていた場所にそっと手を置いて確かめる。
するとそこにはもう温もりは残されていなくて、随分前に自分を放置して立ち去ったんだと知った途端。
自分の腕の中で喘ぎ、淫らな姿を晒した昨夜の繭が脳裏に浮かんできて、椿の胸の奥を締め付けた。
「……素性も職業も、フルネームも知らないのに」
そんな一夜限りの相手に対して、また会いたいなんて思う事自体、椿のルール違反だというのに。
自らそのルールを無視したくなるような感情が押し寄せてくるのがわかったし。
それは恐らくバーで一緒に飲んでいた時から、徐々に芽生えていたのかもしれないとさえ思い始める。
「……ふ、俺もつくづく面倒な奴だな……」
今抱いている感情が何なのか気付いた椿が自分自身を嘲笑うと、もう一度背中からベッドへ倒れ込み天井を見つめた。