一夜限りのお相手が溺愛先生へと変貌しました
そんな部長のようになりたいと目標に掲げて仕事を頑張ってきた繭は、結果的に迷惑をかけてしまっていると胸が痛んだ。
「……病院行ってきます、すみません」
「大事をとって明日も休め、無理して倒れられたら俺の責任なんだからなっ」
自分の体調管理も出来ないようじゃ、まだまだ部長のようになるには程遠いと反省する。
しかし、自分が責任を被るのは御免だと言いつつもしっかり休息するよう促した部長は、嫌な顔一つせずに繭の業務ファイルを抱えて自席に置くと、休憩へ向かっていった。
「……はぁ」
帰り支度をしてため息をついた繭は、下の階に向かうエレベーターを待っていると、ふと二ヶ月前の厄日を思い出す。
あの時は一日に幾つもの不運な出来事が重なったが、今回は数日かけて不運の波が押し寄せ侵食されていく感覚。
この渦から脱するためにはどうしたら良いのかと腕を組んだ時、突然脳裏に浮かんできたのは。
ふんわりと控えめな微笑み顔を向けてくる、一夜限りのお相手だった。
「っ!?」
まるで椿なら救ってくれるかのように思い出された事に、自分でも驚いた繭は動悸を覚える。
確かにあの日のバーで、ほろ酔いだった繭の愚痴をずっと聞いてくれたし全部肯定してくれた。
でもそれは、迷惑をかけた事への詫びのつもりであって。
椿自身はそれほど繭には興味がないのだから、今頃は自分に酒をかけたあの女性同様に、とっくに忘れ去られているだろう。
そう考え直していると、数人を乗せたエレベーターが到着したので急いで繭も乗り込んだ。
――ウィィィン。
降下する機械音だけが聞こえるエレベーター内で、落ち着きを取り戻した繭は目線を伏せてゆっくりと息を吐く。
「(……椿さん、元気かな……)」
あの日以来、ルール通りに椿とは会っていないし、会う術も情報もない。
しかしどこかでばったり遭遇してはいけないと、バーに立ち寄るのを避けたり、その近辺にも近付かないように努力はしていた。