一夜限りのお相手が溺愛先生へと変貌しました
少し眠れたお陰で脳は働くものの、食べたくても食べられない辛い状況はどのようにしたらよいのか、繭には見当もつかなくて顔を歪める。
「悪阻は千差万別だから、色々試して自分に合った食べ物を見つけるしかない」
「……自分に、合った……?」
「もう9時か、今お粥作ってくるから繭さんはここで休んでて」
「え、あの……!」
椿はそのまま寝室を出て行ってしまい、慣れない空間に一人残される繭。
帰るタイミングを完全に失ってしまったとため息をつくと、緊張しながらも静かに自分のお腹に触れた。
ここにいるの?間違いないの?
未だに妊娠の実感が湧かない繭が、問いかけるようにお腹を摩ると、胸の奥から少しずつポカポカと温まっていく感覚がして、ハッとする。
もう繭一人だけの体ではなく、その血液も酸素も栄養も、胎盤を通して赤ちゃんへ運ばれていくのだと思ったら。
疲れているのに無理して仕事をする事も、こんにゃくゼリーしか食べない事も、もうしてはいけないと誓った。
こんなふうに考えを改められるという事は。
「……産みたい、のかな……」
今まで自分の体は自分だけのものだったところに、突然現れて許可もなく住み着きふわふわと泳ぐ小さな命。
頼れるのは繭だけという絶対的信頼を勝手に寄せて、少しずつ懸命に成長していくその存在が。
たまらなく、愛しいと感じた。
「っ……!!」
居ても立っても居られずベッドから降りた繭は、寝室の扉を開けてリビングへ飛び出ると、名前を叫ぶ。
「……椿さん!椿さん!」
何事かと思ってキッチンから姿を現した椿に、興奮気味の繭が放った言葉は。
「私、赤ちゃん産みます!産みたいです!」
「……え、本当?」
パッと明るい表情になった椿は、ついに繭が心を決めてくれたと嬉しくなり、走り寄ると強く抱き締めた。