一夜限りのお相手が溺愛先生へと変貌しました
初めて見る椿の姿に、今回の恋を逃してしまうと本当にジジイになってもこのカウンター席に座り、独りハイボールを飲んでいるかもしれないと危機感を覚えたマスターは。
繭との行く末を陰ながら応援しようと誓い、おかわりのハイボールを椿の目の前に静かに置く。
「椿は追いかける方が性に合ってたって事だな」
「……そうですね」
「因みに、俺もそっち派」
そう言って互いに軽く笑い合うと、ドアベルが音を鳴らして来客を知らせてくれた。
椿たちより一回り年上くらいの、既にお酒の入ったサラリーマンが一人で来店する。
「あ、いらっしゃいませ!ひと月ぶりですか?」
「マスター久しぶり〜!嫁に飲み歩くなって怒られて、頻度抑えてたんだよ〜」
常連客のサラリーマンは、苦笑いを浮かべながら空いているカウンター席に着くと、椿にも会釈してきたので気さくさが伺えた。
先程の会話から、既婚者である事と以前はよく飲み歩いていた人なんだと理解できたが、何故嫁に怒られていたのか。
久々に来店したサラリーマンは、その理由をマスターに話し始めた。
「早く帰宅して子供達の相手と家事をしろって言われちゃってね〜好き勝手してた俺が悪いんだけどさ〜」
「そうでしたか、ほどほどにしないとですね」
「そういやマスターは、二ヶ月後が予定日だっけ?」
「はい、どうやら男の子みたいなんです」
目尻を垂らしながら嬉しそうに話すマスターに、椿の耳がピクリと動いた。
何気なく交わされていた会話の内容は、椿の専門であったから。
「……え、先輩……」
「え?あは、実は二ヶ月後パパになるんだ」
「…………」
「内緒にしてて悪かったよ〜生まれたら写真送って驚かせようと思ってたんだよぉ」
さらっと報告されたのは、マスター夫妻が赤ちゃんを授かり二ヶ月後には生まれるという事実。
もちろん驚いてはいるが、マスターの子と自分の子が同い年になると計算した椿は、その未来を思い描いて浮き立つ心を味わった。