一夜限りのお相手が溺愛先生へと変貌しました
凛は業界では有名な家系の令嬢で、自身もアパレルの会社を立ち上げた社長である。
そのブランドは海外にも進出し、セレブや有名人からも高い評価を受けており、若くして世界で活躍する人として日本でも度々話題になっていた。
そんなスペシャルな人が、椿とどう関係しているのか。
凛は細く長い指でVサインを掲げ、繭に向かって突き出してくる。
「私が日本に帰ってきた理由は二つ」
「……二つ」
「一つは日本で新店立ち上げのため、社長である私が内装もレイアウトも監督するの」
もはや繭とは住む世界の異なる話に、内容は理解できても具体的な事は想像できず。
ただ、同じくらいの年代の女性が世界で活躍して評価を得ているという凄さは十分わかる。
「そしてもう一つは……」
そう言い出して、繭の目をじっと見つめてきた凛は、その平凡で平均的な顔が歪むと思うと楽しくなってきた。
自分の意地の悪さは知っているし、情けをかけるほど繭の事を知らない凛が、悪い笑顔を浮かべる。
「結婚するためよ、椿と」
「…………」
時間というものは、本来常に流れ動いて止まる事はないはずなのに。
今の繭は、耳を疑う言葉に時間も息も止まったような感覚に襲われた。
もうすぐ午前中の仕事を終えた椿が、この応接室にやってくる予定で。
今日こそは椿のプロポーズに対して、自分も同じ気持ちであると伝え承諾をする覚悟だった。
だから、凛が今話した事は一方的な帰国理由で、椿には身に覚えのない作り話。
そうでなければ、今まで繭に向けられた椿の笑顔も言葉も、一体何だったというのか。
するとブランド物のバッグからスマホを取り出した凛は、ささっと指を動かしたのち、繭の目の前に差し出した。
「っ……これは」
「海外に旅立つ一年前に撮った、婚約パーティーの写真よ」
そこには高級そうなスーツを身に纏い、シャンパングラスを片手に持つ椿と、隣には華やかなパーティードレスと高価なアクセサリーをあちこちに装着する凛が。
親しい間柄のように腕を組み、二人は笑顔をカメラに向けて互いの体を密着させていた。