雪降る聖夜にただ、貴方だけを

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「どうぞ」
コンコンと緊張しながらノックすると中からよく響く滑らかな声が反ってきた。

「失礼します」
梨紗は恐縮するように診察室に入る。

会釈していた頭を上げて正面を見ると、真剣な面持ちの白衣の医師がいた。

梨紗はその整った顔立ちに一瞬驚くも、向こうは仕事なのと、女性のそう言う瞬間に慣れているからもあるのか、涼しい顔をしている。

「今日からしばらく花澤の代わりに日向さんを担当します都筑と申します。宜しくお願いします」

「よ、宜しくお願い致します」

都筑の事務的な声色に我に返った梨紗は慌てて答える。

銀縁眼鏡の、ともすれば冷たく見えそうな程に整った顔立ちの都筑に見とれてしまいそうになる梨紗は、うつむきがちになりながら先週から今日までの簡単な報告をした。









不眠症や不安障害がすごく良くなっている感覚は無かったけれど、ここへ初めて訪れた半年程前から悪化はしていない。

治療はいつ終わるのか、わからない。

梨紗は早く花澤に戻って来て欲しいと願った。

治療に専念しなければならないのに、都筑が相手だと何だかドキドキしてしまって、集中出来ないし、そんな受かれた気持ちで受診している自分が恥ずかしいし、何より都筑にも申し訳なかった。
診察中にこんな気持ちになるなら、それは心に余裕があって、もう診察は必要ではないのかもとさえ思った。
けれど夜になると眠れない。
ふとした瞬間に訳がわからない程の不安が襲って動悸が激しくなったり、めまいがする。

梨紗はネットで患者が医師に恋愛感情を抱いたり、恋愛感情を持っていると勘違いしやすいと言う事を知り、なんだかほっとした。
きっと都筑が美青年であることも関係がある。
テレビで好みの芸能人を見るのと同じ。
それがたまたま自分の担当医なだけ。

さらさらの漆黒の髪も、それに反して色素の薄い眼鏡の向こうの瞳も、梨紗が話すときは滅多に動かさず組んだままになっている長くて男らしい指も、「日向さん」と呼ぶ時の低くてよく通る声も、その全てが気になってしまうのは、錯覚なのだ。

それでもやはり都筑に心動かされる自分がやましくて、梨紗は罪悪感から治療を続けることを断念した。
しばらく治療を休みたいと都筑に告げると、少し驚いたような表情を見せた都筑はまだその時ではないと言ったが、あと一ヶ月もすれば花澤が戻ってくると聞いていたので、梨紗は病院に電話をして、2月の頭に予約を変更してしまった。

都筑に対する気持ちに罪悪感を抱かずに済むようになって、梨紗の心は2ヶ月ぶりに軽くなった。

こんなことなら、もっと早く行動すれば良かった。
仕事を終えた梨紗は会社を後にする。
クリスマスの音楽がどこからともなく聞こえてくる街は、どこか浮かれた雰囲気だ。
広場の中央に飾られた巨大なツリーを見て、つい先週、都筑との最後の診察での会話を思い出す。

診察室の卓上カレンダーのパリのイルミネーションの写真を何気なく見た梨紗の視線に気付いた都筑が「シャンゼリゼ通りのイルミネーションです。フランスではクリスマスの時期は、至るところに電飾が飾られて、そのせいで停電になったりする街もあるんですよ」

都筑は無駄話をするタイプでは無かったけれど、時々話す何気無い内容は、梨紗の記憶に強く残った。

「元気になったら、いつか見に行ってみたいです」

梨紗がそう言うと、都筑はほんの少しだけれど微笑んでくれた。











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