タイムスリップ・キス
紙袋に入った焼き菓子を手に伊織先輩の家へ向かった。

伊織先輩の家…、少し前の私ならどれだけ喜んだかな。

でも今は少しでも遠かったらいいのにって思ってる。
隣で黙ったままの山田を見ていたら。

「山田くん、なっちゃん、いらっしゃい。どうぞ、上がって」

「お邪魔します」

「…お邪魔します」

山田の背中を見ながら中に入った。

一人暮らしをしているという伊織先輩の家はほとんど物がなかった。
それは山田の家以上に殺風景で、真っ白な壁に真っ白な床、キッチン、カーテン…思っていたよりこじんまりした部屋に住んでいた。

微かに紅茶の香りが漂う、そんな家だった。

「伊織さん、これよかったら…お菓子です」

てゆーか伊織さんって呼ぶんだ。
いつも私には伊織先輩って言ってたのに。

「ありがとう、気遣ってもらっちゃってごめんね。お茶入れるから適当に座って」

何もない部屋の真ん中にぽつんと1つだけ置かれた四角い白のテーブル、床に敷いてあるラグも白だった。
直角で隣り合わせになるように山田と座った。

「山田くんは紅茶飲める?」

「はい、ありがとうございます」

「なっちゃんは、ダージリンでいいよね?」

「はい…、ありがとうございます」  

あのカフェで隣に座って飲んでいたダージリンティー、一番安かったから飲んでいただけだけど。

「どうぞ」

私たちが持ってきたお菓子と一緒にテーブルの上に置いた。

「今日は来てくれてありがとうね」

「いえ…」

山田が静かに紅茶を飲んだ。普段飲まない紅茶を飲む姿は慣れなかった。

「山田くんとなっちゃんはどうゆう関係なの?」

「親戚です、いとこの子供でたまにこうしてめんどう見てるんです」

伊織先輩に聞かれたらなんて答えようかと相談して家を出る前に決めて来たことを山田が話した。

「そっか…、そうなんだ」

伊織先輩がどう思ったかはわからないけど、少し伏し目がちに紅茶のカップを見つめ静かに息を吐いて物寂しそうな表情をした。

「…今日は聞きたいことがあって2人を呼んだんだ」

しーんっとした空気に緊張が走る。

淡々と話す伊織先輩の声は時に冷たく感じるから。

一度逸らした視線を、私と山田の方に向けた。

ゆっくり口を開いた。
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