空を泳ぐ蛇

2

 教室に入り、自分の椅子に腰掛ける。晴花は荷物を置いたあと用事があるとかなんとかで、隣の教室にいった。

ふと窓の外に目をやると、夢や幻覚と思えないほどはっきりと蛇がいる。


「おはよー。美空。今日はちょっと遅めじゃん」


コーラを飲みながら紗奈(さな)が話しかけてくる。

見た目はギャルみたいだが、性格はとても落ち着いている。私や晴花と違って自転車組だ。


「家出るの遅れたの。てかコーラいいな。ちょっと頂戴」

「えー自分で買ってきなよ」

「頼む。一生のお願い!」

「昨日もそれ言ってた」


呆れた表情をしつつも、缶を手渡してくれた。やっぱり紗奈は優しい。

いつも通りの他愛ない会話のおかげで、私は少しだけ蛇のことを忘れられた。

まだ先生が来ていないので教室内は騒がしい。やっぱりいつも通り。

「お、おはよー晴花」

ドアの方を向いて手を振る紗奈。晴花は手を振り返しながら自分の席に座った。

私と紗奈は窓側で前後だ。紗奈とは少し離れている。

「あ、ねえ紗奈、今日電車でさ」

教科書を取り出しながら晴花が今朝のことを話し出す。

私はとっさに止めようとしたが、目をきらきらとさせた紗奈に逆に止められてしまった。




 話が終わり、紗奈は涙を流しながらお腹を抱えて笑っている。私は晴花を睨みつけた。

しかし、当の晴花は澄ました顔で授業の予習をしている。全くなんてやつだ。


「あー面白かった。美空、最高だよ」

「いや何が!」

「だって、そ、空に蛇って」

「はいはい。もういいから!先生来たよ」


席移動していた人たちが、ガタガタと音を立てて戻る。紗奈も私に背中を押され、肩を震わせながら戻っていった。

先生が出席を取り始め、一気に静かになる。

私は先生に聞こえない程の小声で晴花に怒った。


「わざわざ言わなくてもいいじゃん」

「いや、紗奈に美空のおもしろエピソード教えてって言われてるし」

「あんたらグルだったのか」


私が続けて文句を言おうとしたその時、丁度晴花の名前が呼ばれ、晴花が前に向き直る。

おかげで会話が中断してしまい、上手く流された感じがして気に食わない。




 あっという間に時間が経ち、本日5回目の授業が始まる。といっても数学のテストをやるだけだけど。

用紙が回され、「始め」の言葉で一斉に表に返す。

朝から晴花に散々言われていたテスト勉強は、もちろんやっているはずもなく、紙を持ちながら私は頭を抱えていた。

よくわからない数式で埋め尽くされていて、皆がシャーペンを動かせているのが不思議でならない。

まあ、今回合格できなくても別に補修があるわけではないので、私は諦めて寝ることにした。

先生が見ていないか確認し、組んだ腕に顔を埋め、窓の外を見る。誰にも信じてもらえないが、やっぱり蛇は空を飛んでいる。

だが、慣れというのは本当に凄いもので、私は初めて見たときより恐怖を感じなくなっていた。
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