【重愛注意】拾われバニーガールはヤンデレ社長の最愛の秘書になりました 1

ミューズ

「い、いえ! そういうのは結構です。間に合っています! 人生でバニースーツを着るのは、後にも先にも今日だけですから!」

 掌を突きつけ、香澄は必死に拒絶を訴える。

「もし俺と恋人関係になったら、着てもらえる機会があるかもしれないじゃないか」

「そういう趣味なんですか!?」

 クワッと目を見開いて佑を睨んでも、彼は楽しそうに微笑んだまま、どこ吹く風だ。

「君と恋人になれたら、色んな服をプレゼントしたいな。似合いそうな服の見当はついているけど、色んな格好をさせて自分の好きなスタイルを見つけてもらいたい」

「き、着せ替え人形じゃないんですから……」

 うろたえる香澄を、佑はやはり楽しげに見ている。

「赤松さんを見て『いいな』って思ったのは、感じの良さが第一だったんだけど、全身のバランスが良くて、脳内で『色んな服を着せてみたい』ってパッと浮かんだのもあると思う」

「モデルさんじゃありませんし、バランスなんて良くありません。脳内でって……」

 変態っぽい事を言われ、香澄は赤面する。

「モデルみたいに身長が高くなくても、誰にだって全身のバランスってあるじゃないか。頭の大きさや手脚の長さ、腰の高さ。そういう意味で、赤松さんを『とてもいいな』と思ったのも事実なんだ」

「…………」

 本物のモデルを目にしている佑が言うなら、もしかしたら本当かもしれない。
 だからと言って、彼の申し出を受けるつもりにはなれなかった。

「赤松さん、〝ミューズ〟って単語を知ってるか?」

「聞いた事ならあります。芸術の女神とか、そんな感じの……」

「そう。そしてファッション界においては、デザイナーにインスピレーションを与える存在の事を指す」

 これから言われる事を察し、「畏れ多い」と思うよりも嫌な予感が先走った。

 だが香澄が先に「お断りします」というより先に、また手を握られた。
 ビクッとして佑を見ると、彼は綺麗な色の目を細め、完璧なまでに美しく微笑んだ。

「君に俺のミューズになってほしい」

 そして彼は、香澄が思っていた通りの言葉を口にする。

「いや、もうなっている。だから、それを受け入れてほしい」

 有無を言わせない口調で言われ、香澄は困り切って眉を寄せる。

「……困ります」

「今、俺の頭の中では君に着せたい服のイメージが、どんどん溢れているんだ。いますぐにでも、スケッチブックを開きたいぐらい」

 佑は幸せそうに微笑んでいる。

「私、そんな凄い存在じゃありません」

「君が君の可能性を決めてしまうのは、早計だと思う。君は自分の魅力をここまでしか知らないとしても」

 そう言って、佑はタンブラーの四分目ほどを指差す。
 そのあと、タンブラーの縁ギリギリに指を置いた。

「他人から見れば、幾らでも美点が出てくるものなんだ。もしくは、ここ以上にも」

 彼の指はタンブラーの縁を離れて、その上の空間で、魔法を掛けるようにフワフワ動く。

「理解してくれたか?」

「……私が、自分の可能性を決めつけようとしていた事は、分かりました。正直、目から鱗です。今までそういう風に言ってくださった方っていなかったので」

「俺なら君を、もっともっと磨ける自信があるよ。君は望んでいないかもしれないけど、赤松さんは磨いたらとても光る素材だと思う」

 香澄は無言で小さく首を横に振る。
 望んでいない、と示し、佑もそれを理解してくれていると思う。

 それでも彼は、表向き香澄に無理強いをしないと言いながら、最終的には自分の望みを叶えてしまう人に思える。
 佑にはそれだけの財力と権力がある。

 実際、彼がどれだけの金持ちなのかは分からないが、一般人の香澄でも『Bow tie club』に来店する客が、毎回どれだけの支払いをしているかは理解しているつもりだ。
 だからこそ香澄は、自分の抵抗はまったくの無駄かもしれないと薄々理解している。

 けれどここで何も抵抗しないでいたら、香澄の意志はまったく無視された結末になってしまう。

「さっきも言ったけど、何も今日すぐに君をどうこうしようとは思っていない。それは安心して」

「でも、いずれ〝どうこう〟したいんですよね?」

 香澄の問いに、佑は魅惑的な微笑みを浮かべ、無言の中にごまかした。

(~~~~もう……)

 何をどう足掻いても、目の前の麗人に敵わない気がして、香澄は焦りを感じる。

 もっと怖いと思ったのは、そんな彼に対して香澄の心の奥にある部分が、魅力を感じている事だった。
 目の前にいる途方もなく〝大きい〟人は、どんな世界を見ているんだろう? という、ごくシンプルな興味がある。

 そして彼は香澄を札幌での毎日から連れ出したいと言っている。

 穏やかな毎日が壊れるのは怖い。
 けれど同時に、まだ見ぬ世界に対する純粋な好奇心は持っていた。

 だからこそ、香澄はそんな自分を否定するためにも、必死になって佑に抵抗していた。

 もっと大人なら、引き抜きの誘いだって「お話を伺いたいと思います」と言うだけでもできたのに。
 一番最初に佑と目が合って「ただ者ではない」と察したからこそ、香澄はずっと〝マネージャー〟を貫き、彼と一線を引いたままでいようと思っていたのかもしれない。

「赤松さん。提案なんだけど、これから俺の部屋に来ないか?」

「えっ? 無理です」

 ろくな事はないだろうと思い、香澄は即答する。

「無理矢理襲うなんてしないよ。それは絶対に誓う。そんな事をしたなら、週刊誌にリークしてもいい」

「そ、そんな事しませんよ」

「なら、信じてくれる?」

「……はい。じゃあ、何をするんですか?」

 香澄のもっともな問いを聞き、佑はにっこり笑った。

「体のサイズを測らせてほしいんだ」

「無理です」

 にこやかに頼んでくる佑の言葉を、香澄はすげなく断る。

「頼むよ。服のデザインを考えるのに、君の情報が欲しいんだ」

「嫌です。だって……、何かやらしいです。……やらしいなんて言うと、自意識過剰みたいで恥ずかしいですが……」

「やらしいって言うなら、今この場でも」

「え? どういう事です?」

 なぜだかとても嬉しそうに言うので、香澄は嫌な予感を覚える。

「男は気になる女性なら、服を着ていてもその下を想像できるものだよ」

「えっち!」

 クワッと目を剥いて両手で胸元を隠すと、佑は快活に笑う。

「それは半分冗談として」

「半分なんですか」

 佑に突っ込みを入れながら、香澄はいつの間にか彼との会話に心地よさを感じていた。
 最初は〝世界の御劔〟、大切な上客として機嫌を損ねないように気を遣っていたのに、今はポンポン会話を弾ませ、突っ込みを入れるほどになっている。

(最初に感じた圧……というか、『異次元の人』って思ったのと、大分イメージが変わったな。ちゃんと〝人間〟……だ。権力にものを言わせないで、私の意志を尊重してくれる。強引さはあるけど、横暴じゃない)

 佑を前にして動揺はしていたが、マネージャーとして人を観察する目は培ってきたつもりで、彼への印象が変わったのは事実だ。

「真面目な話、本当に頼みたい。何なら、謝礼を払う前提で正式な依頼をしたい。君を見てインスピレーションが湧いているのは本当の話なんだ。それを形にするために、君のサイズを知りたい。頼む。半分以上、仕事のためなんだ」

 今度は真面目な表情で頼まれ、加えて頭も下げられる。
 いやらしい目的なら鉄のハートで断り続けるつもりだったが、、ここまで真剣とは思わなかった。

 根が真面目ゆえに、香澄は急に迷い出す。

「……本当に、いやらしい事はしませんか?」

「誓ってしない。終わったらすぐに君を家に帰すよ」

 さらに迷っていると、佑がまたにっこり笑う。

「何なら、採寸している現場に秘書を立たせようか?」

「いえ! それは絶対嫌です!」

 段々分かってきた。彼がこういう笑い方をする時は、意地悪を言う時だ。

「~~~~…………もう、分かりました。いやらしくない方法で、真面目に、採寸……だけ、するなら……」

「ありがとう」

 佑はにっ……こりと、それはいい笑みを浮かべてみせた。

 かくして香澄はホテルのスイートルームまでついて行き、服を脱いで佑に採寸される事になったのだった。

 長い長い回想を経て、帰宅した香澄は疲れ果て、メイクを落とすのもそこそこにベッドに沈んでしまった。

(明日も『Bow tie club』でって……。来るのかな……。店に行かなければいい話かもだけど、来るって分かってるのに顔を覗かせなかったら、失礼になる)

 果たして佑は、香澄がこうやって真面目に悩む事を見越していたのだろうか。

 悩みに悩むうち、どうしても睡魔に負けて香澄は目を閉じてしまった。


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