※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。

 週末、紗良はキッチンとリビングに掃除機をかけていた。今週は紗良が掃除当番だ。恋人になってもルームシェアのルールをなあなあにしないのが静流らしい。

「紗良さん」
「あ、静流さんも掃除機使います?あとはダイニングテーブルの辺りを掃除したらこっちは終わりなので」
「色々と考えてみたんですが……」
「はい?」

 静流はコホンと咳ばらいをした。

「まずは手を繋ぐことから始めませんか?」
「手、ですか……?」
「はい。私が紗良さんを好きだと信用してもらうにはどうしたらいいのかずっと悩んでいたのですが……。まずは少しずつ触れ合うことに慣れていくのが良いかと」

 どこをどう悩んだ末に、手を繋ぐという発想に至ったのか静流は教えてはくれなかった。
 しかし、紗良の気持ちを置き去りにしないように悩んでくれたことを嬉しく思う。

 二人はソファに座り向かい合うと、鏡に手をつくようにして互いの両手を合わせた。
 こんなことならハンドクリームでも塗っておけばよかった。飲食店で働いていることもあり、紗良の手は少し荒れていた。

「紗良さんの手は小さいですね」
「それは……静流さんと比べたら小さいですよ」

 二十代も後半にさしかかり、手を握る以上の行為だって何度も経験してきたのに。
 これはこれで……。
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