※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。
5.二人が夜を過ごしたら

 木藤の一件があっても静流の女性に対する態度は徹頭徹尾、変わらなかった。
 クリスマスの次にやってきたバレンタインデーでは、本命どころかどう見ても義理チョコの大容量パックのチョコクッキーすら受け取らない徹底ぶりだ。

「他の方からチョコレートをもらうなんて、妻に悪いですからね」
 
 静流とは対照的に方々からチョコレートをもらった甘党の月城は、上司の几帳面ぶりをこう揶揄した。

「あの愛されよう……結構奥さんは苦労してそうだな」

 もらったばかりのチョコレートを食べながら月城は他チームの後輩である吉住と雑談に興じていた。

「あれだけ徹底していると愛妻家というよりは、『きょうさいか』って感じっすよねー」
「恐妻家?」
「狂うに妻と書いて狂妻家です」
「言いえて妙だね。ははっ!!ほら、座布団代わりにこれあげるー」
「うっす。いただきます」

 月城は吉住の背中をバシンと叩くとご褒美だと言わんばかりに静流の代わりにもらった義理チョコを一つ渡した。

(全部、聞こえてますからね……!?)

 男二人の会話は二課のフロア全体に響き渡っていた。静流が他チームの営業に同行するため、午後から出掛けているのをいいことに言いたい放題だ。

 ハイスペ上司が溺愛する妻はさぞや美人で可愛らしい人なのだろうと、日夜課員たちの期待を一心に浴びている紗良は本当に生きた心地がしなかった。
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