⒏雷鳴


春の嵐が折角満開に咲き誇った桜を一気に吹き散らしてしまった。
桜は好きな花だけど、大好きだったお婆様を思い出してしまう。
お婆様から頂いた黒紋付に桜の花びらが舞い、まるで色留め袖のようにしたあのお婆様の納骨の日・・・寂しい想い出は頭から離れない・・・


今年は嵐のせいで桜を見損ねてしまった・・・その話をしたら正志さんから提案があった。

「楓、軽井沢へ行こうか。ゴールデンウィークの頃軽井沢は桜が満開だ。あまり知られていないけど、桜の木が多いんだって。」

「えー、嬉しい。また軽井沢に行きたいと思っていました。」

「ホテル予約しよう。どこにしようか? 有名なクラシックホテルにする? 」

「そうですね。いつもと違うところにしましょうか。」

二人は旅行の計画を楽しんで立てた。
5月2日からの旅行が決まった。丁度正志と出会って5年になるところだった。



4月の末、ゴールデンウィークが始まる直前だった。

「坂口様の奥様の携帯で間違えないでしょうか。」

「はい、坂口です。」

「あの、坂口さんが、坂口正志さんが倒れられて、今病院に搬送されました。直ぐに××病院にいらしてください。」

「えっ・・・はい、直ぐに参ります。」

目の前が真っ白になった。周りの音が消え、足が動かなかった。何が何だかわからない、でもとにかく病院に行かなくては・・・。
やっとのことで家を出てタクシーに乗った。


病院に着くとスーツを着た人が待っていた。

「坂口さんの奥様ですか? 総務の村田です。坂口さんは急に倒れられて今診察中です。」

まもなくして看護婦さんが呼びに来た。

「坂口さんの御家族の方ですか? 先生からご説明がありますのでこちらにおいでください。」

私と村田さんは看護婦に付いていった。

「坂口さんの奥様ですか。私、脳外科の三上と申します。旦那様の症状をご説明いたします。・・・旦那様は脳梗塞です。」

「脳梗塞・・・」

父と一緒だった。

「・・・どの程度なのでしょうか? 」

「もう少し詳しい検査をしないとわかりませんが、今はまだ意識がありません。いますぐにどうということは無いと思いますが・・・」

「そんな・・・」

倒れそうになった。

「奥さん・・・大丈夫ですか? 」

村田さんが身体を支えてくれた。

「・・・父も脳梗塞だったもので・・・3年介護して亡くなったのです。正志はそんなことにはならないですよね。リハビリして良くなりますよね・・・」

必死に先生に聞いた。

「今は何とも・・・」


・・・何でこんなことに・・・ずっと元気だったのに・・・
・・・父のような大酒飲みではないし、適度な運動もしている・・・
・・どうして・・・


「応急処置は済んでいます。明日から詳しい検査をしますので、今日は入院手続きが終わられたらお帰りになって大丈夫ですよ。」

正志さんの側にいたかったが、それはかなわなかったので、一度家に戻り入院の準備をした。
父の看病の辛い記憶がよみがえった。


・・・イャだ・・・
・・・あの日々をまた繰り返すのか・・・


ベッドに入っても寝られなかった。
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