脱獄
まさかそう来るとは思わず、縮こまってその場に座りこむ。

これじゃダメだ。

逃げることができなくなったじゃないか。

くっそ。

殺さなきゃいけないのか?

でも……。


周りにいた囚人たちは皆声を張り上げて、「殺しちまえ!」と(はや)し立ててくる。

その声が無数に聞こえて、心が閉塞。

麻痺していった。


自分の保身のために殺さなきゃ。

ここまできて、死んだらなんの意味もない。

自分が生きて脱獄できるなら、これでいいんだ。

それなのに何故か涙が止まらない。

なんの涙なんだ、これは……。


ジョナサンの前に立ち、ナイフの柄を握りしめる。


「ごめんなさい」


泣きながらそう呟き、ナイフを頭に向かって振り翳した。

がちょうど扉が開き、男の通る声が響き渡る。


「ガルド!お前の弟リークが医務室に連れて行かれた!連れていったのは3人の囚人だ!今すぐ来てくれ!」

「なんだと!どうして医務室なんかに?」

「理由は後で説明する!とにかく来てくれ!」

「分かった!」


ガルドは男の後を追いかけるように、食堂から出ていった。

これで殺さなくて済んだ。

よかった。

ほっと一息つく。


しかし目の前にいたジョナサンは僕のことを睨んでいた。

それはそうだろう。

看守が看守に殺されるなどあってはいけないことだから。


殺人なんかしちゃダメだ。

囚人と同じことをしてはいけない。

そう心に刻んだじゃないか。

しかしその考えを流すように、ガルドの隣にいた太っちょのアジア系の囚人が吠え立てる。

かなり拙い英語だが。


「おい、こいつ囚人じゃなくて看守らしいぜ。看守一人も殺せない犯罪者がいると思うか?囚人ならビクビクしながら殺さねえだろ?みんな」


その言葉に賛同する囚人がたくさんいて、皆アジア系の囚人に拍手している。


もうこれはダメだ。

僕の正体がバレたのと同じ。

殺される運命なんだ。


「この俺がガルドの代わりにこいつを殺してやるよ」

彼は僕の方へ走って殴りかかってきた。

太い腕に筋肉と脂肪がついているので、殴られたら重症じゃ済まないだろう。

ナイフという武器を持っているが、こんなもの刺しても貫通しないかもしれないし避けられるかもしれない。

これはもう……死ぬ……。


弱気な態度になってしまう。
< 35 / 42 >

この作品をシェア

pagetop