大江戸ガーディアンズ
🏮 弐の巻「矜持」

〜其の壱〜


ゆうに三百坪はあろうかと云う松波家には、腕利きの職人たちによって丹精込められた四季折々の花々はもちろん、当家の名をほしいままに(かたど)られた立派な「松」の「波」が広がる中庭があった。

宵闇の今、まるで絵巻物に描かれているかのごとき弓張月(上弦の月)の光に照らされ、それらが眼前に(かす)かに浮かび上がる。

その有様(ありさま)を、松波 兵馬(ひょうま)は座敷の内から縁側越しに眺めていた。

されども、なに一つ音のしない静寂の中にあっても、兵馬の心の(うち)は一向に(しず)まることなく(ざわ)めいていた。


——まったく「手掛かり」がありゃしねえ。

今月は南町奉行所が当番月であるのだが、先月当番だった北町奉行所同様、(よう)として「髪切り」の行方はわからなかった。

(はよ)うお縄にしてしょっ引かないと、噂好きな町家連中が(あかし)もないままに「やっぱり(あやかし)だ」「いや、物の怪(もののけ)だ」と騒ぎだしかねない。

(いな)、それよりも「まだとっ捕まえられねえんのかよ。奉行所(おかみ)はなにしてやがんだ」と云いだされる方が(まず)い。

御公儀(江戸幕府)からも、南北それぞれの江戸町奉行に対し「咎人(とがにん)の捕縛はまだか」と矢の催促らしい。
万が一でも取り逃がせば、御公儀の「威信」に傷が付くからだ。

武家にとって「沽券」に関わることは、命に値するほどの「大事(だいじ)」である。


そのとき、縁側の向こうから一人の女が歩いてきた。

女は座敷の入り口できちっと正座し、平伏した。

「……旦那さま、御酒(ごしゅ)にてござりまする」

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