また、君と笑顔で会える日まで。
天馬紗希side

 学校から徒歩15分程の距離に駅ビルがある。


 若者に人気のファッションブランドショップや雑貨店、それに有名なチェーンのカフェなどが軒を連ねる。


 今まで無縁だったキラキラしたまぶしいこの場所に私を連れてきた穂波ちゃんは慣れた様子でファッションショップに足を踏み入れた。

「これ、ちょーかわいい!」

 もふもふしたぬいぐるみを見つけて駆け寄り手に取って値段を確認する穂波ちゃん。

「げぇー、高!全然可愛い値段じゃないんだけど!」

 1人でブツブツと呟いている彼女を横目に私も気になっている雑貨や小物を手に取り眺める。

「可愛いのたくさんあるね……!」

 こうやって友達と買い物をするのは久しぶりだ。久しぶりすぎて心が踊る。


 ワクワク感が全身から湧き上がって自然と頬が緩む。

「紗希って猫好き?」
「うん。穂波ちゃんは?好きな動物は?」
「あたし?猫も好きだけど、1番はゴリラ」

 なんの躊躇いもなくいう穂波ちゃんに面食らう。

「え」
「え?」
「な、なかなか好きな動物ゴリラって答える人いないからちょっと驚いちゃって」
「そう〜?」
「でもなんか穂波ちゃんらしいと思うよ」
「なによ、あたしらしいって!!ゴリラってこと!?」
「違う!そういうんじゃなくて……!」

 目が合うと、私たちはどちらかともなく吹き出した。


 和やかな時間。こんなふうに友達とお喋りをしながら買い物をできる日が来るなんて信じられない。

「ねぇ、このキーホルダーかわいくない?」

 お店の中央においてあった猫のキーホルダーを手に取り、穂波ちゃんが微笑んだ。

「うん。可愛いね!」
「だよね〜。おそろいにしようよ」
「おそろい?」
「そうそう」
「私と穂波ちゃんが?」
「当たり前じゃん!他に誰がいんのよー!」
「いいの……?」
「え?」
「私と一緒なんて……本当にいいの?」
「何言ってんの!紗希と一緒がいいの!友情の証ってことで!お互いに買ってプレゼントってことにしようよ」
「うん!!」

 私と穂波ちゃんは揃って猫のキーホルダーを買うと、店を後にした。

「はい、これ。それと、消しゴムね!」

 同じ階の一番奥にあるコーヒーショップに入り、先程買ったストラップを互いに交換し合う。

「消しゴムまでありがとう」
「こちらこそ、ありがとう!」

 その場でキーホルダーを開けると、穂波ちゃんはすぐに自分のバッグにキーホルダーを付けた。

「うん。かわいい!」

 満足気に穂波ちゃんが微笑む。

「紗希もつけたら?」
「私もつけていいの?」

 まさかバッグにつけるなんて思わなかった私が驚いていると、穂波ちゃんが当たり前のようにいった。

「そのために買ったんだから。紗希は周りの目気にしすぎ!」

 たしかに穂波ちゃんの言う通りかもしれない。いじめられてからというもの、人からの視線にすごく敏感になってしまった。


 こんなことをしたら誰かに悪く言われるんじゃないか。こんなことをいったら変な目で見られるんじゃないか。そんなことばかり考えてすぐにネガティブになってしまう。

「穂波ちゃんってすごいよね。周りの目とか気にしないで自分の言いたい事ちゃんと言えて」
「そんなことないよ」
「勉強もできて運動もできて明るくて友達も多くて誰とでも仲良くできて……。こんなに優しいんだもん。完璧すぎるよ」
「完璧かぁ」
「うん」

 穂波ちゃんは僅かな間のあと、首を横にふった。

「私は自分のこと完璧なんて思ったこと、1度もないよ。むしろその逆」
「え?」
「あたしは欠陥品。必死になっていろんなものつぎはぎにしてくっ付けて何とか生きてるの」
「つぎはぎ?」
「そう。あたしの人生はつぎはぎだらけ。いつか壊れる日が来るのにね」

 穂波ちゃんは微笑んでいた。


 だけど、目が笑っていなかった。


 手元にあるレモンティーが入ったグラスに視線を落としたままだ。


 どうしてそんなに悲しそうな顔をしているんだろう。


 その理由が私には分からない。


 私は穂波ちゃんのことを何も知らないんだと実感する。


 なにか言いたい。穂波ちゃんを励ます言葉を。でも、私はそんなに器用じゃない。

「私もだよ、穂波ちゃん」
「え?」
「私も一緒。つぎはぎだらけの人生を歩んでる」

 中2の夏、私は全てのものを捨て去って命をたとうとした。


 それは未遂に終わったけれど、今も心に深い傷と後悔が残っている。


 でも、今……穂波ちゃんと出会った今、私は少しずつ生きているということを実感している。

「だからね、大丈夫だよ。穂波ちゃんだけじゃないよ」

 なんて言ったらいいのか分からないし、そんな月並みなことしか言えない。


 でも、穂波ちゃんは笑った。


「ありがとう」って笑った顔の穂波ちゃんの目が少し潤んでいたような気がしたけど、それはきっと気のせいだろう。

「さてと、そろそろ帰ろうか?」

 コーヒーショップを出てテナントショップを周り終えると、穂波ちゃんが言った。

「そうだね」

 もう19時に近い。私が頷いたその時だった。

「え、紗希?」

 前から歩いてきた3人組の女の子たちから声をかけられた。


 彼女たちに気がついた途端、心臓がドクンっと不快な音を立てた。


 夏祭りの記憶が一瞬にしてフラッシュバックする。

『ちょっ、マジで来たんだけど!!』
『ウケる!超張り切ってるし!!』

 私を嘲笑うような甲高い声。

『うちらがアンタと一緒に祭りに行くわけないじゃん。バーカ』

 肩を押されて倒れた私に容赦なく浴びせられる心無い言葉。


 足元に転がった髪飾り。


 あたしをイジメぬいた3人。

「超久しぶり。何してんの?」

 口の端を持ち上げて笑ったのは中学時代に私をいじめた主犯格の女子だった。

「紗希のお友達?」

 穂波ちゃんは3人に視線を向ける。


 3人も揃って見定めるかのように穂波ちゃんを見た。


 手が震えた。どうしよう。あの日ことをバラされたら。自殺未遂したことを穂波ちゃんに知られたら。


 そのあと不登校になって引きこもっていたことを知られたら。


 いやだ。知られたくない。嫌われたくない。せっかく友達ができたのに。


 穂波ちゃんにだけは知られたくない。

「……紗希?」

 私の異変に気がついたのか穂波ちゃんが私の顔を覗き込んだ。


 目を合わせられない。呼吸が浅くなり、必死に空気を吸い込む。

「へえ、アンタにまさかこんなに可愛いお友達が出来るなんてねぇ。意外〜!」

 3人は目を見合せて笑った。口の端を持ち上げて私を嘲笑う3人が怖い。怖くて仕方がない。

「ねえ、あなたたちって紗希の友達なの?」

 私が何も答えないことにしびれを切らしたのか、穂波ちゃんが3人に尋ねた。

「友達……?ぶっ!!まさか!!こんなのと友達とかありえないから!!」

 ──やめて。

「だよねぇ。紗希みたいに地味なやつと友達とかありえないよね」

 ──お願い、やめて。

「ねぇ、知ってるの?この子の中学時代。あたし達が教えてあげようか?紗希の過去」

 ──やめてよ。お願いだからやめて!!


 心の中で叫ぶのに、声には出せない。


 口の中がカラカラに乾いて、背中に冷や汗までかいてしまった。


 もう終わりだ。全て終わり。3人は私の全てを穂波ちゃんに打ち明けるだろう。


 私はきっと穂波ちゃんに幻滅されてしまう。


 目頭が熱くなる。


 穂波ちゃんとお揃いにした猫のキーホルダーが悲しげに揺れる。

「この子、中学の時いじめられてたんだよ。うちら、さんざんこの子で遊んだよねぇ」
「そうそう。でもさ、自殺未遂して救急車で運ばれたのはビックリじゃなかった?」
「たしかに!卒業式まで登校拒否してたのに、よく青光入れたよね。あの時死ななくてよかったね?意外と元気そうだしさ」

 3人は口々に容赦のない言葉を私に浴びせる。


 私は顔を上げることも、穂波ちゃんに視線を向けることもできずただ零れ落ちそうになってしまった涙を必死に堪えることしかできなかった。

 
 穂波ちゃんは3人の話を黙って聞いた。


 いつもだったら「マジで〜?」と会話に入っていき笑い飛ばすはずの彼女が何も言わない。


 それほどのことだったんだろう。


 絶望が波の様に訪れる。天国から地獄とはこのことだろうか。


 私はまた1人になってしまう。また……1人に……。

「で、結局アンタ達は何を言いたい訳?」

 ずっと黙っていた穂波ちゃんが口を開いた。


 その声には明らかな怒りが滲んでいた。

「え、何って……あなたに教えてあげようと思ったんだけど」
「何を?」
「紗希の中学時代のこと。一緒にいるの嫌になったでしょ?もっと違う子と友達になった方がいいんじゃない?」
「いやになる?意味がわからないんだけど。ちょっと我慢して話聞いてたけど、アンタたち紗希の友達じゃないよね?友達じゃないんだかりいちいち紗希に気安く話しかけないでくれる?」
「……は?」

 穂波ちゃんの言葉に3人の顔色が変わった。

「いじめられてたとか、そういうことを笑いながら軽々しくはなすアンタたちの方がありえないから。高校生になっても中学時代の武勇伝語っちゃうとかバカなの?頭悪すぎ。よかったねぇ、紗希。こんな子達と離れることができて」
「ハァ?アンタ、さつきから何なの!?」

 3人の中の一人が穂波ちゃんの肩を右手で押した。


 でも、穂波ちゃんは微動だにしなかった。


 3対1でも全くひるむ様子はなかった。


 それどころか穂波ちゃんは3人の中のリーダー格の子にくってかかった。

「口で勝てないと分かったら手出すんだ?いいよ、やればアンタじゃあたしに勝てないから。ほら、やんなよ。叩きなよ?早くやれよ!」
「何よ、アンタ!!ウザいんだけど!!」

 あまりの気迫にたじろぐ3人を尻目に穂波ちゃんは更にあおる。

「悪いけど、あたしはアンタ達には負けないよ、顔だって性格だってスタイルだってあたしはアンタ達より数百倍いいし、頭だっていいもん。アンタ達みたいに群れないと生きていけないヤツらとは違う。ほら、くやしかったら言い返してみなよ。どうせ言い返せないだろうけど」
「くっ……」
「ねぇ、もう行こうよ」

 3人の中に暗雲が立ちこめる。


 揉めていることに気がついたのか、周りにいる人達がざわつき始めた。


 他のふたりは穂波ちゃんに勝ち目がないと思ったのか1人のこの腕をグイグイと引っ張った。

「なに?一言も言い返せないの?まぁ、しょうがないか。さっきから『うざい』とか『なんなの』しか行ってないもんねぇ。ひとりじゃ何もできないくせにいきがってんなよ」

 穂波ちゃんの言葉に、ギリギリと奥歯を噛み締めているもののあたしを虐めた主格犯は何も言い返せなかった。

「つーかさ、謝って。紗希に。中学の時のことも、今も。あたしの友達を悪くいうなんて許せない。もしまた悪く言ったら今度はただじゃおかないから」

 穂波ちゃんが吐き捨てるように言った瞬間、3人は一斉に駆け出した。

「ちょっ、逃げんの!?信じらんない!!」

 まるでクモの子を散らすみたいに私たちの目の前からあっという間にいなくなった。あの時、夏祭りの時にみた光景と重ねる。


 でも今はちがう。あの時とは状況が全く違う。


 穂波ちゃんがいたから。

「たー、逃げられた!!ごめん、紗希。謝らせらんなかった」

 振り返った穂波ちゃんは困ったように頭をかいた。


 私は黙って首を横にふる。


 嬉しかった。穂波ちゃんが言ってくれたことが。友達と言ってくれたことが。


 本当に嬉しくてたまらなかったんだ。



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