また、君と笑顔で会える日まで。
天馬紗希side


ざわつく教室の中で1人物思いに窓の外をながめる。


学年が上がり教室が4階から3階になっただけで私の日常はとくにこれといった変化はない。


そもそも変化など起きなくて良いのだ。このまま波風のない穏やかな学校生活を送ることが私にとってとても重要なことだから。


視線を机に落とす。今年は当たりだ。去年より机が新しい。

「あっ、穂波また同じクラスじゃん!よろしくー!」
「よろしく〜!」

甲高い声と同時にに前の席にやってきた女子生徒が勢いよく椅子を引いた。


椅子の背が後ろの席の私の机にぶつかり、おどろいて体をビクッと震わせた。

「あ、ごめんごめん!あたし、力ありあまってて」
「いえ、大丈夫です」

彼女と目を合わせることなくそう答えて机の木目に視線を落とす。

「あたしたちって同い年なんだし敬語やめようよ」

椅子の背もたれを抱きしめるように後ろ向きに座った彼女は俯く私の顔をのぞきこんだ。


彼女の視線から逃れるようにさらに俯くと、「ははっ!そんなかたくなにいやがんないでよ!」と彼女はケラケラと明るい声で笑う。


それが私、天馬紗希と望月穂波の出会いだった。





前の席に座る彼女は、問題児だった。


遅刻は当たり前。


この日も2限の途中、教室の後ろの扉が遠慮がちに開けられた。


立て付けの悪い扉は少し動かすだけでガタガタとうるさい音を立てる。


今日もそれは例外ではない。


何とか教室に入り、床に手を付きまるで自衛隊のようにほふく前進しながら自分の席まで向かおうとしている穂波ちゃんにあちこちからクスクスと笑い声が上がる。

「望月!今日も寝坊か!!」

数学の先生に怒鳴りつけられた穂波ちゃんは渋々立ち上がると、乱れてしまったベージュアッシュ色の前髪を指で撫でた。

「えー、バレた?」
「バレバレだ!」
「嘘〜!先生、耳いいね!今日こそは見つからないようにって細心の注意を払ってたのに!」
「全くお前ってやつは!!早く席に座れ!」

先生に怒鳴りつけられても穂波ちゃんはいつも飄々としている。

「はぁーい!」

と陽気な声で返事をすると、ふんふんっと鼻歌交じりに自分の席に腰掛けた。


高2に進級してから1ヶ月が過ぎた。


ゴールデンウィークが明けた頃には浮き足立つ教室内の雰囲気は徐々に落ち着いてきた。


仲良しグループも固定され、教室内の人間関係が浮き彫りになる。


このクラスのスクールカーストのトップに位置していたのは誰の目から見ても間違いなく望月穂波だった。


彼女のことは入学当初から知っていた。


とにかく明るく誰とでも仲良くなれるリア充かつコミュ力の塊。そしてなおかつ見た目もド派手だ。
背中まであるベージュアッシュのストレートの髪。


ブラウンの縁ありのカラコン。最先端のメイク。


ぱっちりとした大きな二重に小ぶりの鼻。つやつやで形の良い唇。


笑うと口元には真っ白な歯並びの良い歯がのぞく。


手足はすらりと長く、余計な脂肪は一切ないように見える。


とにかく彼女の全てが美しく眩しい。


女の私ですら彼女の容姿にはどきりとさせられる。


それでいて、学力も常にトップ。


入学式で名前を呼ばれて壇上で彼女が新入生代表の挨拶をしたとき私は空いた口が塞がらなかった。
例年、新入生代表挨拶は首席合格した生徒が務めていたからだ。


私の通う青光高校は県内でもトップクラスの進学校だ。


わきめもふらず必死になって勉強してなんとかギリギリラインでこの学校に滑り込めた私は驚愕した。


ざわざわと体育館がうるさくなるのもお構いなしに、彼女は実に堂々と挨拶をした。


そして最後に「皆さん、人生は長いようで短いものです。1日1日を大切に、悔いのないように過ごしましょう!」と笑顔で締めくくったのだった。


授業の終わりを告げるチャイムが鳴り休み時間になると、教室中が一斉に騒がしくなる。


あちらこちらからやってきた生徒たちが私の前の席に座る望月穂波の元へ集まってくる。


何もやることのない私はポケットからスマホを取り出して意味もなく画面をタップした。

「穂波、また遅刻〜?」
「そうそう。最近、なかなか起きれなくてさぁ」
「なんで?夜更かし?」
「そうそう。アプリのゲームやったり動画見たりしてるとなかなか寝られないんだよねー」

よくもまぁそんなにそんなに話すことがたくさんあるものだ。


心の中で感心していると、その中の1人がよろけて私の机にぶつかった。

「いたっ!!」

彼女は声を上げると、私を非難する様な視線をなげかけた。


ただ座ってスマホをいじっていて何の落ち度もないはずの私を彼女はぎろりと睨みつけてこれ見よがしにチッと舌打ちした。
 
「ちょいちょい、今のは違うでしょー!」

すると、穂波ちゃんが唐突に振り返った。

「大丈夫!今の、さきさきは悪くないよ!」


さきさき。


頭の中で穂波ちゃんの言葉を繰り返す。


今の、さきさきて、なに?

「え、さきさきってなに?」

私の言葉を代弁するように彼女の友達が首を傾げながら問いかける。

「名前が天馬紗希だから、さきさき。あたしさ、ずっと可愛い名前だと思ってたんだよね!」

彼女の言葉に面食らう。


まさか私のフルネームを知っていたなんて。


席は前後だけど、この1ヶ月で言葉を交わしたのは始業式のたった一言だけだったのに。


可愛い名前と言われて返答に困っていると、彼女の友達が私を見定めるように凝視した。

「なんか、顔に似合わなくない?」
「紗希って名前じゃないよね」

互いに目を見合わせてクスクスッと笑い合ったその悪意のある表情に気づき胸の奥が震えた。

『アンタ、紗希って顔じゃないでしょ』

記憶の奥底に閉じ込めていたはずなのに。それなのに。


あぁ、まずい。手が小刻みに震えはじめた。


キーンっと耳鳴りがする。


目の前がぐらりと揺れそうになり、震える両手を机について立ち上がると、彼女たちに背中を向けて歩き出す。


だめだ。フラッシュバックしてしまう。

「えっ!さきさき?」

穂波ちゃんの不思議そうな声が背中にぶつかったとき私は止まらずに教室を飛び出した。




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