期末テストで一番になれなかったら死ぬ
最終章
「……おあよ、う」

 朝の希帆さんはいつもこうだ。目蓋を擦りながら洗面所にやってくる。

「おはよ。ご飯、すぐ用意するね」

 顔を洗っていた私は、タオルで顔を拭いながらそう応えた。

「ありがと、う」

 と、希帆さんは会話の途中で顔を洗い出した。どうにもずれているというか、寝ぼけている。

 私が一度目の歯磨きを始めると、顔を拭いた希帆さんも歯ブラシを手に取った。

 そして、私たちは同じタイミングで歯ブラシをすすぎ、二度目の歯磨きを始めた。

 鏡越しに希帆さんと目が合う。

 私が笑うと、希帆さんも笑顔を返した。

 私たちの中には今もお父さんがいて、きっとこれからはお互いがお互いの中に居場所をつくるようになっていく。

 いつかどこかで、きっと私は希帆さんが自分の中にいることに気づくのだろう。

 そのときは悲しみがあるかもしれない。

 希帆さんの不在を感じるかも知れない。

 でもきっと大丈夫。

 今はそう思えた。



 七月の雨上がり。

 通学路の途中、線路沿いに咲いていた紫陽花。

 青や赤紫の花弁が身に纏う雨滴が、真っ白な日差しを反射していた。

 もうそろそろ夏が来る。



 教室の中は、いつもと違う緊張感に満ちていた。

 無理もない。

 これから三年生一学期の期末テストが始まるのだから。

 受験生ともなれば、定期テストより模試の結果が気になってくる。それでもやはりテストというのは一種のお祭りであり、生徒も先生も、どこか普段とは違うテンションになるものだ。

 でも、私はいつも通り。

 登校してすぐ図書室に行って国語辞書を借りた。

 空き教室で軽くノートを見直した。

 そして今、自席でスマホを取り出し、『アイドリング・ストップ!』を起動する。

 独り泣きながら机に向かうレネの姿を、今日も見る。

 私は三年生になった。

 レネは今も二年生のままスマホの中にいる。

 彼もまた、二年生のまま私の中にいる。

 ありがとう。
 頑張る君でいてくれてありがとう。

 と、机の前に人の影。

 見上げれば、目の下に大きなくまをつくった安曇の顔。

「……鶴ちゃん、勝負しない?」

 今から始まる期末テストは、受験に直結するものではない。

 良い成績を収めたところで、報われるようなものではない。

 それでも私は、目の前のことに一生懸命になりたい。

「いいよ。何懸ける?」

「決まってるでしょ」

 そう、決まっている。

 私たちは、期末テストで一番になれなかったら死ぬ。



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