君の一番は僕がいい
 もしも思考が誰かに奪われるとしたらどうだろう。
 俺はそんなこと一度もなく生きているなんて思わないだろう。
 時々感じるボーっとする瞬間。
 答えが出せず止まった時に勝手に口が開いて腹話術のように誰かがしゃべってくれている感覚。
 人の背を押して殺した時の感覚。
 どれも全部故意ではなかった。
 だけど、そんなこと言っても誰かが信じることはない。
 例えば、今、目に見えていることが真実かどうか。
 この世界は人形のように操られているだけなのかどうか。
 真実はこの目で確かめることはできるのかどうか。
 考えれば考えるほど怖くなる。
 自分が操り人形だったら……。
 友達が死んだと聞いたとき、みんなと同じように苦しくなった。
 叫んでしまいたいのに声も心も思考もそれを許さなかった。
 だって、俺が殺したのだから。
 殺した記憶だけはいつも残ってる。
 いつも通り学校に行っていいのか、いつも通り楓と話していいのか。
 こんな殺人鬼と誰が一緒にいたいだろうか。
 クラスのみんながクマの仮面だったり、クマだったり、人だったりその根拠がどこにもないこと。
 でたらめを言っているだけかもしれないということ。
 そして、俺も本当にクマを見たのかということ。
 クマに首を絞められた跡はない。
 じゃあ、なんで目撃者は毎回人に見えるのか。
 幻覚か、それとも別の何かか。
 全く理解できない。
 俺には何も判断できない。
 思えばいつだってこういうピンチは頭がボーっとして勝手に理解している感覚になる。実際、理解してる。
 楓の周りで人が死に過ぎている。
 それだけならいいのに、自分が関わっているというだけで全部が変わってくる。
 実際こうして、目が覚めた俺は警察の三島から事情聴取を受けている。
 自分の意思じゃないのに、感触は残ってる。
 そんなこと言ったところで俺がやったようなもの。
 三島は俺にある映像を見せた。
 タブレット端末からは流されたものは、俺が美馬を押して階段から落ちるところ。
 覚えてる。
 忘れているわけがない。
 檻から出ることもできず、姫が殺されるような感覚。
 結局、その時のことを俺が三島に伝える能力なんてない。
「美馬君を殺したのは、あなたなのね?」
「……」
「そうなのね?」
「……」
「なんで、そんなことしたのか教えてくれる?美馬君と仲良かったんだよね?」
「……」
「佐久間君は?どうなの?」
「……わからない」
「じゃあ、これ見て」
 それもドライブレコーダーであろう映像が流れていた。
 明らかに俺が佐久間を押している。
「……そう、なのかもしれない」
「かもしれないって、自分で押してる」
「俺にはわからない。なんでこんなことになったのか……」
「殺したか殺してないかの話を」
「わからない!俺には何が何だかわからない!人を殺した?友達を殺したいと思うやつがどこにいるんだよ!俺じゃない!俺がやったんじゃない!俺は、あいつらと友達だ!そんなバカげたことするわけないじゃないか!」
 そうだ、俺は友達だ。
 友達を殺す異常者じゃない。
「俺は、俺が怖いさ!だって、おかしいだろうが!なんで、俺が殺す?なんで、友達を殺す?俺は、あいつらと友達なのに……!」
 だけど、そのタブレット端末からは証拠が出た。
 俺が殺した映像が……。
「でも、俺は殺したんだ……。訳が分からない!俺は、最近ずっとボーっとしていることが多い。なんでだろうな。俺は、なんで殺したんだろうな。俺は高校からおかしくなった気がする。自分が言うようなことを言ってない。自分とは別の誰かが言っているように感じる。感じるだけじゃない。わかるんだ。これは俺じゃないって。お前は誰だ、お前は俺を利用しようとしているのか?って」
 その結果がこのざまだ。
 俺は、自分の意思を貫けなかったし、自分がするわけもないことをたくさんした。
 楓のことだってそうだ。
 なんでか日野って呼ぶし、頬をつねってるし、いじってばかり。
 仲は良いけど、それ以上のことはない。
 恋愛感情はお互いないことは事実。
 俺は、女子に好意を抱くことはない。
 それなのに、いつの時もそんなことを言ってる。
 部長にも言った。美馬にも言った。
 言いたくなかった美馬に言ったんだ。
 それから、普通に応援されて居心地が悪かった。
 好きな人に応援される気持ち、誰に知られようか。
 誰にも気づかれないようにしていたのに。
 それなのに、一緒にいるどころか殺したんだ。
「俺です。俺が殺しました」
 この事実をひっくり返すことはできない。
 好きな人を殺す異常さを俺は理解できない。
 クマの話題が出ている時だっておかしいことばかりだ。
 皆口をそろえてクマが襲ったと言い出したこと。
 目撃者が総じて人に見えたと言ったこと。
 被害者がクマに見えたこと。
 伝播していくのならまだわかるけど、あれはほぼ同日に言っていた。
 その時も俺は見ているだけだった。
 お前は誰だ?
 お前は何がしたい?
 クラスの人間を散々殺した目的は?
 快楽か?愉快か?
 そもそもお前は何がしたいってんだよ。
 俺が楓を好きになると思うかよ。
「認めたってことでいいのね?」
 認めざるを得ないだろう。
 俺に伝える方法など持ち合わせていないのだから。
 この日、俺は警察によって警察病院に引き渡された。
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