再会彼氏〜元カレは自分を今カレのままだと誤認しているようです~






・・・






「手伝ってくれてありがと」


待ち遠しかった週末。
律が引っ越し作業を手伝ってくれた。


「いーえ。まー、複雑だけどな。ここ片付けなくても、俺んとこ来てくれたらいいのに」

「ずっとこのままにしておけないでしょ」


律が手伝うって言ってくれてから、何となくモヤモヤしてたのに。
吉井くんから告白されてから、この二人が鉢合わせることがない週末にものすごく安心してる。


「ん? このまま、ここ解約しちゃうとか」

「何日も住まずに違約金払うの……」

「金って。色気ない返事。いいけどー? 違約金払ってあげても」


律の笑い声を聞いてほっとするとか、いつぶりだろう。

本当に楽しそうな笑い声。
くすくすじゃなく、それこそ色気はあんまり感じられなくて、何てない会話で普通に笑って。


「小鈴」


昔みたい。
付き合う前や、付き合って間もない頃。
私がただ純粋に好きで好きで堪らなかった、あの頃の律みたい。


「ちょっと休憩しない? 疲れたでしょ」

「そうだね。律ばっかり、重いのとかやってくれてるもん。コーヒー淹れてくる」


(……そうなんだよね)


こういうとこは、今も昔も変わらない。
優しいし、言わなくてもやってくれるし、寧ろいくら止めても譲ってくれない。
律だって、理想の――理想以上の彼氏だった。


「そうじゃないって。じゃなくて……」


苦笑しながら軽く埃を払うと、私の服は気にせずにそのままぎゅっと抱きしめられた。


「お前、元気ないね」


私も汚れてるのに。
くっついたら、律の服まで汚れちゃいそうなのに。
彼氏の前だっていうのに、適当に結んだままちっとも可愛いくない髪にそっと口づけた。


「悩ませてごめん。可愛いくて好かれるのは、お前のせいじゃないのにな。嫉妬して嫌な思いさせるなんて、彼氏失格」

「そんなこと……」


律が彼氏失格だとしたら、理由が違う。
でも――……。


(……何だっけ。なん、だったっけ)


「私、ちゃんと断ってるから。一応同僚だし、仕事やりにくくなると困るし……だから……」

「それは信じてる。大丈夫……そんな怖がんないで」


落ち着かせるように背中を数回往復した後、後頭部に触れて。


「ごめんな」


おでこがコツン、なんて、音がしたわけでもないのに。
ぶつかって驚いたみたいに目を瞑る私の頬を、もう片方の指でそっと撫でた。


「お前にそんな顔させて。大丈夫、別に危害加えたりしないよ。……そりゃ、お前に酷いことされても殴らないなんて言えないけど。小鈴が俺を選んでくれてるうちは、その権利ある……よな。お前があいつ選んでるなら……」

「そんなことあるわけないったら……! 」


悲鳴に近い声が出て、自分でもびっくりする。
だって、どうして今なの。
叫びたかった時は、今までにもっと他にあった。


「……ん。なら、今までどおり。あいつが何したって、俺たちはこうやってしてたらいいよな」

「うん……」


こんな大人しい律に、泣き叫ぶ必要なんてないのに。
ビクビクしてたら、余計怪しい。


「自信がなかったのかも。お前がまたいなくなったら……って。お前の気持ちを疑ってるわけじゃないのに、牽制しておかないと不安になる……」

「……ごめんね」


私が側にいたら。
律と一緒にいれば、丸く収まる――……。


「いや。結局、俺がもっと頑張ればいい話。もっと俺といたいって、お前に思ってもらえるように。なのに怖がらせてたら、逆効果だって分かってるんだけどさ。彼女が可愛いすぎるんだもん」

「……そんなことないよ」


目を細めて甘く注ぐ視線が熱くて、目を逸らそうとするけど。
許してもらえずにそっと固定された頰が、どんどん熱を帯びていく。


「あーあ。お前が、もっと可愛くなかったらよかったのにな。ね、小鈴。どうにかして、今からでもブサイクになってくんない? 」

「な、なに訳分かんないこと言ってるの。元々、可愛いくないし、これ以上は嫌だ」


「ブスになーれ」って、意味不明な酷すぎる呪文を唱えながら、その赤い両頬を緩く引っ張ってくるくるした。


「だって、そしたら俺しか見ないで済むじゃん。……俺は、どんな小鈴だって愛してる。お前がどんなことしたって、お前のどんな姿だって。他の男が無理ってくらいになってくれたらいいのにな。……なっちゃえよ」


頬を摘んでいた指が、いつの間にか耳を包んで。
見上げることなく俯いた私の唇を奪う。

――呪文の続きだ。

唇を塞がれているのに漏れる、自分の甘えたような音すら。




< 16 / 70 >

この作品をシェア

pagetop