再会彼氏〜元カレは自分を今カレのままだと誤認しているようです~










「律……」


もう何度呼んだか分からない。
自分ですらそうなのに、呼ばれる方はいい加減ウザいんじゃないかな。


「ん……」


そう思ってチラッと上目で見れば、何とも形容できない艶っぽい声をだして、安心させるように指先で目尻に触れた。


「律……? 」


違うよ。
悲しくて泣いたんじゃないよ。
だって、拭われるまで本人すら涙に気がつかなかった。


「だから、その可愛さ、まじで何なのって」


嫌がるどころかくすぐったそうに笑われて、つられて私もくすっと笑ってしまう。
どこもおかしくなんてないのに笑ったのは、いつもなら恥ずかしくて堪らない律の盲目的な「可愛い」にほっとしたから。


「昔みたいだな」


律、律、律。
赤ん坊みたいかな。
まるでその言葉しか、その名前しか知らないみたいにひたすら呼んで。


「付き合って少し経ってから……あ、やっと許してくれた、っていうか。俺に甘えても大丈夫って思ってくれたんだなって、すごい嬉しかったの思い出した」


信じてなかったんじゃないの。
ただ、好きすぎて好きすぎて、甘えて寄りかかって嫌われちゃうのが怖かった。


「あの時も、そんな顔してた。……大丈夫。ちゃんと分かってる。甘え下手が一回甘えたら止まらなくなるの、可愛いでしかないから安心して」


『嫌なわけないだろ』


そうだった。
あの時も、そう言ってキスしてくれた。

耳の輪郭を辿って。
耳朶を緩く包んで。


「……愛してる。変わってないし、変わりようがないから」


『だから、安心して』


――って。


(どうして、忘れてたんだろう)


「好き」と「律」のワードしかない世界にいたのは、私の方だったのに。
そんな私に律は呆れることなく、その都度優しくそう教えてくれた。


「……好き……」


首が痛くないように敷いてくれた枕も、だんだん必要なくなってくる。
照れ屋な私が告白し始めたら、言われたとおり止まらなくなる。

首に腕を回して。
かと思えば、背中や腕に触れたがって。

よしよしと頭を撫でてあやしながら、器用に首筋に口づけられるのを待ち望んでしまう。


「お前は、何も心配しなくていいから。言っただろ。嫌なら、いつでも辞めていいし。聞いてくれないの分かってるけどさ。今の仕事落ち着いたら、別のこと考えてもいいんじゃないの」


何の話だっけ。
私、何か心配事があったんだったっけ。


「ま、どこで何やっても、第二の吉井くんは現れるんだろうけどな。……っと、こら」


分からないけど、何だったにせよ、もうどうだっていい。


「ごめんって。したい話でも、してほしいことでもなかったのね。ごーめーん」


催促だって、もう羞恥が薄れきっている。
悩みの原因が律が言ったことに含まれていたはずだけど、そのとおり私は別のものを欲していた。


「もう、お前が苦しんでんの見たくない。少しでも癒えたんならよかった」


『……これ? 』

たったその二文字が、これほど扇情的になることがあるだろうか。
耳元で囁かれたからといって、その瞬間唇や舌が触れたからといって。
私がこんなに反応することが、律以外にあり得るだろうか。


「……ん……」


ピクンとこくんと肯定することを、他の誰にこんなに素直にできるのかな――……。


「律……」


律。
好き。


「……やっぱ、俺のが癒やされてるよな。ありがと」


この二つで、そんなこと言ってくれる律が好き。


「ほんと、ごめんな。……最高しかないわ」


他には聞こえないくらい。
――だいすき。






< 31 / 70 >

この作品をシェア

pagetop