夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
 ランスロットも、儀式の後の初夜であんなことやこんなことを楽しみにしていたし、結婚休暇中に二人で旅行をし、あんなことやこんなことも楽しみにしていた。
 だが、そんなことはどうでもいい。何よりも、彼女の声を聞くことができないことが辛かった。「大丈夫ですよ」と優しく微笑んでもらいたかった。
 もしかしたら、このまま一生目を覚ますことはないかもしれないと、医師から告げられたときも「そんなことはない」と心の中で反論したほどだ。
 心臓は動いている。呼吸もしている。だが、その目は閉じたままで、言葉も発さない。
 ただ、眠っているように見える。すぐにでも目を覚ましそうだ。
 彼女の薄紫色の髪は、寝台の上に綺麗に広がっていた。
 ランスロットは、毎日眠っているシャーリーの髪を梳かし、顔や手足を蒸らしたタオルで拭いている。
 彼女の身体に触れながら声をかけてみるものの、彼女の澄んだ青い瞳を見ることはできなかった。
「いってくる」
 背中を丸め、屋敷を後にするランスロットには『燃える赤獅子』と呼ばれるような威厳など、まったく感じられない。
 眠り続ける彼女の側にいたかったランスロットであるが、使用人たちからは「鬱陶しい。奥様の世話は私たちがいたしますから、旦那様はさっさと仕事へ行ってください」と追い出され、こうやって目の前の書類と格闘する羽目になってしまった。
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