囚われのシンデレラーafter storyー


あずさ――。

ホテルへと向かうタクシーの中で、手のひらを握り合わせる。

昨日、俺が不用意に漏らしてしまった言葉で、あずさは何かを感じて俺の元へと来たのだ。

『私が、もっと、あなたといたいと思ってここに来たの。だから、追い返さないで』

ああ言ったのは、俺が罪悪感を感じないようにするためだ。
あずさは、少なくとも、夕食後の別れ際はそのまま帰ろうとしていた。

せめて、アパルトマンに来たあずさをすぐに帰していれば。

あんなに、我を忘れて抱いたりしなければ……。

――自覚はあるのか。

タクシーの振動を感じながら、額に手を置く。

もっと、気遣ってやればよかった。
もっと、もっと……。

どれだけ後悔したところで、時間は巻き戻せない。

とにかく今日はゆっくり休ませなければ。

幸いなことに、パリ公演本番まではしばらく時間がある。
確か、明日からリハーサルの日まではオフだと聞いた。

昨日のあずさは、疲れより、バイオリンより、俺を優先した。そうさせてしまったんだ。

自覚……しているつもりだった。

でも、間違いなく、昨日の俺には足りなかった。

どれだけ自分を責めても。
昨日あずさが会いに来てくれた気持ちだけは、あずさのありのままの想いとして受け止めたい。

確かに、昨日の夜、俺はあずさに救われたのだ。

――これまで結婚なんてまるで考えられなかったが、彼女に出会うためだったんだと恥ずかしげもなく言える。

あの男の声が消えない。

松澤があずさと初めて会った9月から、そんなにも想いを募らせていた。

――この気持ちを進藤さんに伝えるつもりです。

それは、完全なる宣戦布告。

恋人であるおまえの知らぬところで手を出したりはしない。正々堂々、奪ってみせる。

そう言われているみたいだ。
その自信は、これまでのあの男の人生がそうさせているのか。

きっと、俺があずさに言わないことを分かっている。言えないのを分かっているから、あんなにも堂々と宣言した。

俺が考えるべきことは――。

あずさの幸せ、ただそれだけ。
あずさと二人で笑い合える未来だ。

あずさのいるホテルへと近付いて行く車内で、必死に自分に言い聞かせた。


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