若旦那様の憂鬱
久しぶりに旅館の庭沿いの裏戸から中へ入る。
ここ数日は暖かい日が続き、雪も溶けて庭の日陰辺りに少し残るのみだった。

館内に続く厨房近くの裏口から旅館に入る。

普段、柊生は駐車場近くのこの裏口を通って帰っている筈だ。

板前の助手が勤務交代で帰る所を見つけて挨拶をする。

「お疲れ様です。
あの、若旦那は見かけましたか?」

「こんばんは。花さんどうされましたか?
若旦那でしたらきっと、弓道場にいらっしゃると思いますよ。」

「弓道場?」

「はい。最近また始められたみたいです。」
にこりと笑いそう教えてくれた。

「ありがとうございます。」
花は急いで踵を返して弓道場に向かう。

暗がりの中、弓道場に灯りが点いているのを遠目から確認して、思わず小走りで駆け寄る。

花は高鳴る胸を抑えつつ、垣根越しに中を覗く。

そこには白の着物に黒の袴を身に付けた柊生がいた。

花は気持ちが溢れそうになるのを抑えながら、柊生の射る一投を見守る。

柊生は花に気付く事なく、
的、一点を見つめ集中しているのが分かる。

花は、初めてここで柊生に会った時と変わらないその真剣な眼差しに釘付けになる。

胸が否応なく高鳴る。

どうしようも無く、この人に惹かれてしまう
自分を再確認する。

弓を引くその姿は、カッコいいよりも綺麗だと見惚れてしまう。

柊生は、心を無にして一投を放つ。

シュン、と矢が風を切り、
トン、と的に刺さる。

中央からやや右寄り、まだまだ邪心が邪魔をして心を無に出来ていない。
自分の不甲斐なさに肩を落とす。

ふと、垣根越しに誰かが見ている気配に気付く。
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