跡取りドクターの長い恋煩い
 私、芦田笑美里(あしだえみり)は、この春廣澤総合病院に入職した初期研修医だ。

 廣澤総合病院は、この県内では大学病院の次に大きく、臨床研修病院に指定されている。

 昨夜は廣澤総合病院に入職した7名の初期研修医と各科新入局員のための新歓が行われた。

でも一次会で飲みすぎて、二次会には行けなかったのだ。飲みすぎた私を送ってくれたのがさっき隣に寝ていた人――。
 
「……はぁ……なんであの人が……」

 バスルームに座り込み、何度もこの状況になった過程を思い出そうとしてみるが、送ってもらった辺りまでしか思い出せない。

 過去に恋人がいた履歴はなく、唯一の甘い記憶は小学校の時で止まっている。そんな枯れた私に一夜の過ちなんて、ハードルが高すぎる。

 バスルームを出たらどうしよう? 朝ごはんを用意すればいいのかしら?
  冷蔵庫には牛乳と卵くらいしかないんだけどな……。
 あ、コーヒーだ! 
そうよ。現代の後朝(きぬぎぬ)はコーヒーだけって決まってるじゃない。ドラマで見た事があるわ。コーヒー豆ならまだ残っている。

 良かった。この後の『すべきこと』がやっとわかり、ホッとした私は長いシャワーを終えることにした。
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