【砂の城】インド未来幻想
 せせらぎは緩やかな流れを帯び、視線の先へ続いている。自宅で与えられた沐浴の飛沫(しぶき)とも、シヴァ神へ捧げた椀の水音とも違う麗しい調べ。時々長く垂れた鍾乳石からひたひたと(しずく)が落ち、洞穴の空間に神聖な響きを奏でた。水の織りなす二重奏は、ナーギニーの心の(ひだ)に浸透し、その緊張を優しく柔らかくほどいていった。

 このサンガムと呼ばれた河の合流には、ガンガーとヤムナの他にもう一つ、『サラスヴァティー』という地下水脈の存在が、(まこと)しやかに伝えられていた時代があった。が、その実在は()うの昔に確認され、やがて事実はこの街を更なる高みに上げ、(とうと)い地として(あが)められ(たてまつ)られる基因となった。ヒンドゥの数多(あまた)の祈りは地上のニ大河(ガンガーとヤムナ)を救うことは出来なかったが、地下に横たわる河の女神――音楽の神サラスヴァティーには、美しい唄となり届いたのかもしれない。

 使者は左脇の川岸に繋がれた(もやい)を解き、一艘の木船を引き寄せてきた。素っ気なくこれに乗れと手招きをする。幅は狭いがそれなりに長さのあるその船首と船尾に各々が乗り、ナーギニーは中央へ座らされた。しかして長尺のオールをゆっくりと押し出し、船は下流へと進み始めた。


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