【砂の城】インド未来幻想
 晴好雨奇なこの世界は、どれほど眺めようとも見飽きることはなかった。その所為(せい)なのか、この後に何の計画もされていないからなのか、いつの間にか四時間が流れていた。雨が本降りになり始めて、やっと王は美姫達を解放した。今日も独りになったシャニのご機嫌取りに、少女達の誰かが彼の部屋を訪ねるのだろうか。それとも明日の本番に備えて、各部屋で練習がなされるのだろうか。

 自室へ戻ったナーギニーは、あと僅かとなった刺繍の仕上げに取りかかった。小一時間ののちについに完成にこぎつけ、照明の灯りにその布を照らす。精悍なゾウの頭部を持つガネーシャ神が、こちらを愛おしそうに見つめていた。最後に縁取った赤い古典柄の枠が白地に効いている。少女は初めて一つの物を作り上げた喜びに打ち震え、それを優しく胸に(いだ)き、しばしの幸せに酔いしれた。やがてゆったりと折り畳み、キャビネットから見つけたベージュの封筒に差し入れる。それを裁縫道具のしまった引き出しに隠し、時を惜しむように舞踊の復習に励み出した。

 自分に与えられた『自由』はもう明日までなのだ。このままイシャーナの住むこの地に留まれたとしても、シャニに選ばれずアグラの街へ返されても、イシャーナともシュリーとも、きっと二度とは話すことも叶わない。今という時を心ゆくまで愉しもう。今夜と明晩はシュリーと話尽きるまで語らおう。

 ナーギニーは溢れる涙が零れぬよう、天井を仰いで瞳を瞬かせた。バラタナーティアムの物語る哀れなヒロインに我が身を映して――。






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