【砂の城】インド未来幻想
「あなたはずっとお家の外へ出たことがなかったのでしょ? きっと夜のタージ=マハルを近くで見たことがないのだと思って。満月のタージ=マハルほど美しい物はないと言うわ。今夜は松明(たいまつ)も灯されているし、もっと綺麗だと思うのよ」

 ナーギニーは余りの近さに身動きが取れないほど動転した。視線もシュリーの(おもて)から一瞬も放すことが出来ず、その場に縫い付けられてしまったかのように固まった。

 吐息すら吸い込んでしまいそうに近いシュリーの口元から、まるで魔法を掛けられたような魅惑の言葉が紡がれる。母親の顔ですらこんなに傍に感じたのはいつのことだろう? ナーギニーは過去を巡らしながら、目の前の呟きに知らず同意の頷きを返していた。

「……でね。今夜は絶好のチャンスに違いないと思うの。……どう? 一緒にタージを見にいきましょう?」

「……え……?」

 ようやく魔法が解かれた唇から、流れ落ちた声は驚きだったのか、疑問だったのか――まだ理解出来ていない内に現れたそれに、自分自身驚き問うていた。ゆっくりとシュリーの台詞(セリフ)を噛み砕いたが、そうしてみても、やはり存在したのは驚きと疑問だけだった。


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