【砂の城】インド未来幻想
「……何をそんなに泣いているの? お姫様」

 後ろへ吹きすさんでいた風が一斉に向きを反転し、ずっと背後から発せられた問いかけを、ナーギニーの耳元へ運んできた。

 驚きが刹那に涙を止めた。タージ=マハルには彼女以外に人の気配はなく、近寄る足音も姿も有り得なかった。昇ってきた階段は過ぎる者を感じられる範囲にあるのに、その声はいつやってきたのか、いつから其処に在ったのか。それでも少女は怯えることはなかった。良く通る透明な美しい声。若い男性のそれは明らかに優しく、歌声のようであったからだ。

「このような真夜中に、サリー一枚では風邪を引きますぞ」

 次に聞こえてきたのは同じ声であったが、先程よりももっと近く、執事でも真似したような少しおどけた口調だった。顔を両掌で隠したままじっと固まるナーギニーの真後ろから、やがて(すべ)らかな衣擦(きぬず)れが聞こえてくる。ふいに彼女の華奢(きゃしゃ)な両肩は柔らかな暖かさに包まれた。

「多少は暖が取れますかな?」

 少女は俯いた(おもて)から涙に濡れる両手をそっと外した。驚きと緊張と嗚咽とで火照った顔を、恥ずかしそうに上げ振り返る。その時――見上げた先の夜空が月明かりを呼び戻していた。


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