Restart~あなたが好きだから~
翌朝。月が変わり、(株)プライムシステムズが新体制となったこの日。七瀬は、固い表情でオフィスに入った。


自らの肩書きが「取締役副社長秘書」となり、一段と職責が重くなったことに対する緊張はもちろんある。だが、それ以上に、今の七瀬の心の内を占めているのは、昨夜突如自分に対する態度を一変させた上司のことだった。


あの後、家まで送るという圭吾の申し出をなんとか辞退して、途中駅で別れるまで、七瀬は彼に右手を預けたまま、振りほどこうとはしなかった。寄り添って、という雰囲気では決してなかったが、それでも周囲には普通に仲のいいカップルに見えただろう。


ひとりになり、少し冷静になった途端、七瀬は我に返ったように顔が赤らんで来るのを自覚した。


(私、なにしてたんだろう・・・。)


幼い頃に大和とつないだのを別にすれば、異性と手を繋いだのも、そしてキスも初めてだったことに今更ながら気付いたのだ。26歳にもなって、あまり大きな声では言えないが、でも七瀬にとっては大切はファーストキス。それをあんな強引に奪われてしまって・・・なのにそのことに対する怒りや悔しさが不思議なくらい、七瀬の中に湧き上がって来なかった。


(私はあの時、確かにビックリしてしまったのもあるけど、キスを強く拒もうとはしなかった。手だってさすがに恋人繋ぎにされそうになったら拒むつもりだったけど、結局・・・。)


混乱する頭で、あれやこれやと考えているうちに


(私って、ひょっとしたら氷室さんのことが好きなの、かな・・・?)


と思い至り、ハッとなった。


(ううん、そんなことない。私が好きなのは大和、大和ひとりだけ。でも・・・。)


その大和と近づくチャンスが出て来た途端の出来事に、しかしあまりショックを受けていない自分に気付いた七瀬は


(私の大和への想いって、こんなもんだったの・・・?)


そのことにショックを受け、千々に乱れる思いを抱えたまま、結局昨夜はほとんど眠ることが出来なかった。


(私、どんな顔して、氷室さんを迎えればいいんだろう・・・。)


動揺しているうちに


「おはよう。」


という声と共に、圭吾が出勤して来た。


「お、おはようございます!」


次の瞬間、思わず声を上ずらせて立ち上がった七瀬を見て


「どうした?何を慌ててるんだ?」


不思議そうに尋ねる圭吾。


「な、なんでもありません。ひ・・・じゃなくて副社長、本日から改めましてよろしくお願いいたします。」


そう言って、ペコンと頭を下げた七瀬に


「おぅ、こちらこそよろしく。」


圭吾は爽やかに笑って答えた。
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