成瀬課長はヒミツにしたい

プロローグ

 ウィーンという、給茶機の動作音だけが小さな個室の中で響いている。

 時折ポチャンと、蛇口に溜まった水滴が落ちる音が聞こえた。


 普段だったら気にも止めない(わず)かな音に耳をそばだてながら、真理子(まりこ)は目の前で入り口を塞ぐように立ちはだかる人物を、そっと見上げる。

 初めて相対するその整った顔の、眼鏡(めがね)の奥で光る瞳に、思わず吸い込まれそうになった。


 その人は、腕を組んだまま入り口に肩をもたれかけ、首を傾げてじっとしている。

「し、失礼します……」

 真理子が入り口をすり抜けようとした瞬間、長い腕がその行く手を阻んだ。


「昨日、見ましたよね?」

 感情のこもらない低い声が室内に響く。

 真理子が、小刻みに震える手を握りしめながらうつむくと、小さなため息とともに、その人は眼鏡をそっと外した。


「確かに、あなただったはずです。システム部所属、水木真理子(みずきまりこ)さん」

「え……」

 はっと上げた真理子の顎を、長い指先がくっと捕らえる。


「秘密を知られてしまったからには、仕方がありません」

 鋭い視線に絡めるように耳元でささやく、クールすぎるイケメン課長。


 真理子はどうやらその人の、ヒミツを握ってしまったらしい。
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