成瀬課長はヒミツにしたい
「ごめん。もう、時間だから……」

 しばらくして真理子はそう言うと、鞄を引っ張り出し、席を立とうとする。

 すると急に、卓也が真理子の手を強引にぐっと引いた。


「え?」

 真理子はよろけて、卓也の胸に手をつく。

 抱きしめられるような態勢になり、目の前に迫る卓也の顔に、真理子は頬を真っ赤にさせた。

 フロアの奥とはいえ、他の社員からも見える位置だ。


「ちょっと……離して」

 真理子は、慌てて掴まれた手を振りほどこうとするが、力が強くて逆らえない。

 卓也はさらに顔を近づけた。

「真理子さんを、行かせたくないって言ったら、どうします?」

 いつになく真剣な目で、卓也が顔を覗き込んでいる。


「もう、冗談やめて!」

 真理子はそう叫ぶと、力いっぱい卓也の胸をぐっと押し、無理やり手を振りほどいた。

「……お疲れさま」

 真理子は慌てて鞄を掴むと、フロアを駆けだした。

 横切る瞬間、ふと目線の端に映ったのは、卓也の悲しげな瞳だった。
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