重愛注意】拾われバニーガールはヤンデレ社長の最愛の秘書になりました 3

俺の事だけを見て、いつも笑っていて

「お風呂、沸かしてあるから一緒に入ろう」

「うん……」

 一緒に二階に上がり、一度私室に向かう余裕もなく、香澄は佑の寝室で服を脱いでバスルームに向かった。

 ぼんやりとしたままメイクオフし、歯磨きをしたあと、佑に促されてバスルームに入る。
 体を流してからバスタブに浸かると、目を閉じてもう開けたくない気持ちにかられた。

「……少しは落ち着いた?」

 後ろから香澄を抱き締めている佑に話し掛けられ、彼女は小さく頷く。

「今、何がしたい?」

 尋ねられ、香澄は振り向いて佑に抱きついた。
 そして濡れた――けれどとても乾いた目で佑を見つめ、自ら唇を重ねる。

「は…………」

 柔らかい唇をついばんで、息をつく。

 ――違う。

 ――健二くんと全然違う。

 ――好き。

 ――この唇は好き。

 ――もっと。

 張り詰めた表情をしていた香澄は、フッ……と微笑み、また佑に口づける。

 ちゅ、ちゅ、と何度も唇をついばみ、この世の誰よりも美しいと思える彼を愛した。
 いつもならすぐに応えて情熱的なキスをしてくる佑だが、今日は香澄がしたいように受け身になっていた。

 愛しさが溢れてキスをしているのに、香澄の眦からは涙が溢れる。

「もう大丈夫だよ」

「……うん、大丈夫。すぐ治るから」

 心配させてはいけない。

 そう思って微笑んだ香澄に、佑がちゅっと強めにキスをしてきた。

「そうじゃない。俺の腕の中でなら、どれだけでも泣いていい。感情を解放していい。そういう意味の〝大丈夫〟だよ」

 佑の言葉を聞き、ツ……ッと涙が零れる。

「……だって、……泣いたら、迷惑かける」

「どうして迷惑をかけたらいけないって思うんだ?」

 逆に尋ねられ、香澄は混乱した目を向ける。
 そんな彼女の頬を、佑は優しく撫でた。

「香澄? よく聞いて。健二さんとの付き合いで、香澄が何か〝失敗〟をしたら、彼は機嫌を損ねたかもしれない。香澄が何もしなくても、不機嫌な時に当たり散らしたり、香澄に責任を押しつける事を言ったかもしれない」

 言われて、数々の出来事が脳裏によぎる。

「そういった〝失敗〟を恐れて、香澄は『人に迷惑を掛けたらいけない』と思うようになったんだろう。今の君を見ていて、完璧主義だなと思う時がある。やけに失敗を恐れていて、普通なら『以後注意します』で終わる事も、酷く引きずっているように感じられる事もあった。……それはすべて、健二さんに掛けられた呪いだよ」

「呪い……」

 現実的ではない単語を聞いて、香澄はぼんやりと復唱する。

「呪いは、何も呪術的なものじゃない。現代にも人の言葉や心ない行動によって生まれている。香澄は失敗して怒られたり、責められたりするのを恐れて、自分の弱さを出さないようにしている」

 どことなく、理解できる気がする。

 自分の弱さを見せれば、完璧ではなくなる。
 完璧ではなくなればミスをし、怒られる。

 自分は病んでなどいないと思い込んでいたのに、いつのまにか健二により抑圧された気持ちが、香澄の本来の性格を歪めてしまった。

 愕然とする香澄の頭を、佑は濡れた手でポンポンと撫でる。

「俺はね、香澄がどれだけ失敗してもいいと思っているよ」

(そんなはずない)

 香澄は不安げな表情のまま、佑を見つめるしかできない。

「香澄は、ご家族が何か失敗したら、必ず謝罪させて『二度と失敗しない』と誓うまで責める?」

「ま……っ、まさか! そんな……」

 ギョッとして、香澄は頭を左右に振る。

「それと同じだよ。俺は香澄と家族になりたいし、結婚前提でなくてただの恋人でも、何の事はない失敗ぐらい受け入れる。……勿論、程度によるけど、普通に生活していて命に関わる失敗なんて、そうそうないだろ?」

「……うん……」

 さすがに、命に関わる事なら別だ。

「忘れ物をした、遅刻をした、約束を忘れた……。それらは全部、些細な事だ。誰にでもある小さなミスだし、体調や隠された病気なども関係しているかもしれない。それらをいちいちネチネチ責められたら、誰だって神経が摩耗する。それはただのモラハラだよ」

 自分があれだけ恐れていた健二を、佑はモラハラという言葉で一刀両断してしまう。

「健二さんは付き合っている香澄の外見や内面を馬鹿にしなかった? 行動を制御しなかった? 聞いた話では金銭感覚的にも問題があったように思えるし、彼はまっとうな彼氏ではなかったように思える。……香澄はただの被害者だから、彼を恐れなくていい」

「……ひがいしゃ……」

 その言葉が剥き出しになった心にポツリと落ちて、少しずつ染み入ってくる。

「それと、彼は性加害者だ。……健二さんはDV彼氏だった。だから香澄は、何も悪くない。そんなに自分を責めなくていいんだ」

「う……っ」

 彼が言っている言葉を理解するよりも前に、目の奥が熱くなったかと思うと、涙が次々に溢れてくる。

「病院には行った?」

 香澄の目元にキスをして涙を舐め、佑が尋ねてくる。

「……っそんな、病院……、なんて」

 自分は被害者ではないと思い込み続けていたから、香澄は無理矢理自分に〝普通〟を課してきた。
〝普通〟に振る舞えば、誰も自分が健二に犯された事など気付かない。
 そう思って、笑顔の仮面をつけて毎日を過ごし続けた。

「今度、知り合いのカウンセラーさんを紹介するよ」

「わ、私……っ、大丈夫だから!」

 病気ではないと言い張る香澄は、佑に精神的に問題があると思われるのを恐れていた。

「大丈夫」

 そんな香澄をギュッと抱き締め、佑はトントンと背中を叩きあやしてくる。

「俺も月一回、通っている」

「え……?」

 信じられない、と香澄は顔を上げた。

「仕事をしているとストレスが堪って、松井さんに話したり、友達に話すだけでは晴れない事がどうしてもできる。秘書だから、友達だから話せない事もある。それは分かる?」

「……うん」

「カウンセラーさんは、話を聞くプロだ。何を話しても秘密を守ってくれる。家庭内のいざこざから、仕事の愚痴から、趣味に関する事でも、何でもいい。心の中に溜まっているものを吐き出して、整理させてくれる人だ」

「…………」

 今までカウンセラーという存在とは接触した事がないため、香澄は呆然として佑の言葉を聞く。

「真剣に悩みを話しても、ただの雑談でも世間話でも何でもいい。誰でもいいから話を聞いて欲しい時ってあるだろ? そのために、金を払って聞いてくれる人なんだ。だから、何も特殊な場所、人だと思わなくていい」

「……うん、……分かった」

 説明され、何より佑自身がカウンセラーと話しているというのを聞いて、ハードルが下がった気がする。

「何なら、うちの会社の医務室に、小倉花織(おぐらかおり)先生がいる。心理士の資格も持っているから、困った時は医務室を利用してみるといいよ。ただ、花織先生は優秀だけど、会社にいる時間を考えると、別に時間を取ったほうがゆっくり話せる気がするけど」

「……ありがとう」

 説明されると、肩の力が抜けた気がした。

「世の中の職業に、何も特別な事はないんだ。すべてどこかで繋がっている。精神科や心療内科だって、特別な人が行く場所じゃない。事件に遭ったり病気で心理的に負担を抱えた人や、会社でセクハラやパワハラを受けて参ってしまった人が行く場合もある。一人で悩んで取り返しのつかない事になる前に、専門の人に委ねる。それだけなんだ」

「……うん」

 知らなかったというだけで、自分が色眼鏡でものを見ていた事に気付かされた。
 そんな香澄を、佑は決して馬鹿にせず、軽蔑せず、優しく教えてくれる。

「……ありがとう……」

 佑といると、心が温かくなってばかりだ。

「悪いけど、健二さんはいい彼氏じゃなかった。言ってしまうけど、クソだ」

 クソと言われ、香澄は思わず笑う。

「俺の方がずっといい男だから、俺の事だけを見て、いつも笑っていて」

 ヘーゼルの目が優しく細められたかと思うと、チュッとキスをされた。
 香澄はいまだ涙を浮かべながらも、彼の溢れんばかりの愛情を受けてクシャリと笑う。

 ――好き。

 こみ上げる感情には、純粋な好意とは別に、自分の心を救ってくれた恩義もある。

「……佑さん、大好き」

 彼に抱きついて首元に顔を伏せ、香澄は小さく鼻を啜った。
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