最後の詰みが甘すぎる。
「あーあ……。結局、春服も見に行けず、廉璽くんにお高いバッグを買わせることもできなかったなあ……。財布の中身をすっからかんにしてやりたかったのに!!」
「当たり前だろ?」
大袈裟に嘆いてみせると、二、三歩後ろを歩いていた廉璽はさも当然のように言い放った。
コンビニに行くついでに瀬尾家まで送ってくれると言ってくれたので、柚歩はその言葉に甘えた。
土手沿いの桜は満開だった。薄桃色の花びらは街灯に照らされ、うっすらと光っていた。
この桜が散り始める頃には名人戦が始まる。
「ねえ、廉璽くん。あんまり無理しないでね……」
ろくすっぽ食事も取らず、寝る間を惜しむように将棋に没頭する姿に柚歩はどこか危ういものを感じていた。
柚歩が何を心配しているか廉璽には手に取るようにわかっていた。
廉璽は先を歩く柚歩に追いつくと背中から抱き寄せた。
「柚歩、心配するな。俺は誰にも負けない」
桜が舞う。散り際が一番綺麗なのはどうしてだろう。
廉璽からこんな風に抱き寄せられるなんて初めてだった。きゅうっと胸が疼く。
それにしても、『無理するな』の返事が『負けない』とは一体どういうことだろう。
決意表明のような言葉に柚歩は呆れながらも小さく頷いた。
廉璽の腕の中は居心地が良くて、不思議と安心できた。誰に見られているかもわからないのに、もう少しだけこうしていたかった。
(……廉璽くんはお父さんとは違う)
川から一陣の風が吹き、柚歩と廉璽の間をすり抜けていく。
二人の運命を変える名人戦が始まろうとしていた。