最後の詰みが甘すぎる。

 最寄りの駅までは歩いて十五分ほどだ。
 柚歩はホームにちょうど滑り込んできた電車に飛び乗った。人の少ない車両の中央まで歩き吊り革に掴まると目の前には新聞を広げたサラリーマンが座っていた。
 チラリと紙面に目をやれば、トップの見出しは津雲廉璽三冠の名人挑戦の文字が踊る。

(ここもか……)

 スマホを取り出し眺めてみてもSNSもキュレーターサイトも全て津雲廉璽一色だった。
 どうやら今日一日このニュースからは逃れられない運命らしい。
 柚歩はスマホをバッグにしまい、窓の外に目を向けた。

 将棋の話題が各情報媒体のトップで取り上げられることは異例だ。大半の人は将棋など指さないし、ましてや順位戦の勝敗など気にしない。ただし、津雲廉璽の場合は話が異なる。
 今の将棋界で彼ほど異彩を放っている者はいないだろう。

 日本将棋連盟所属、津雲廉璽九段、二十六歳。彼が現在持つタイトルは棋王、叡王、竜王の三つ。

 将棋の実力もさることながらその容姿は数多の女性を虜にしている。
 一度も染めたことがないだろう肩までかかる長めの黒髪。パッチリとした二重。ほんのり色づく薔薇色の唇。子供のようにあどけない横顔。
 津雲廉璽の人気は将棋界にとどまることなく、一般にも浸透している。誰もが彼の動向に注目していた。柚歩もその一人だ。
 ……ただし、他の人とはちょっと違う意味でだけれど。
< 3 / 52 >

この作品をシェア

pagetop