君に向けたプロトコル

チョコボンクラッシュのマカロンちゃん

「ただいまー。」

やっと辿り着いた自宅の玄関のドアを開けて家族に帰宅を告げる。
今日は文化祭の準備で学校からの帰りが遅くなってしまい、すっかり日は落ちて家に着いたのは19時近かった。
ほとんど友達のいない私、黒瀬 一葉《くろせ いちよう》でも、学校行事となれば無理やり担当決めがされ和気藹々(わきあいあい)と青春の1ページを嫌でも刻まさせるので、文化祭は不愉快で迷惑でしかない。普段から人付き合いを苦手としているので、身も心も疲れ切ってしまう。

玄関には見慣れた男物のスニーカーがきれいに揃えられて端に置かれていた。

 今日もお姉ちゃんとずっと一緒なんだ…。(らく)…良かったね。

一葉の片思いの相手であるスニーカーの持ち主、砂川 楽(すなかわ らく)は一葉の自宅の隣に住んでおり、一葉の姉、一華(いちか)とは同学年で幼馴染。小中高と同じ学校でプライベートも一緒に過ごす二人は常に恋人同士だという噂が付きまとっていた。もし、姉の想い人が楽なのであれば自分は諦めようと、一度だけ一華に真相を尋ねたことがあったのだが、頬を赤らめながら好きな人は別にいるといると言っていた。

一葉は失恋が怖くて楽に同じ質問をすることができないでいたが、恋愛経験のない一葉でも想像はついていた。
妹の一葉から見ても一華は男の子っぽいショートボブなのに女の子らしさが溢れていて可愛らしい。一華の事が好きだからこそ毎日側にいるのかもしれない…。もしかしたら一華に好きな人がいることも実は気づいているのかも…。
気づきながらも側にいる楽の気持ちを想像すると切ない気持ちでいっぱいになった。

砂川家と黒瀬家はここに引っ越してきてから家族ぐるみの付き合いをしていた。
引っ越してきたばかりの頃、砂川家長男の(よし)と黒瀬家の長男一樹(かずき)が同じ幼稚園の年長で、また、2番目同士、楽と一華も同じ学年とわかると直ぐに仲良くなり、家族ぐるみでの付き合いが始まった。

その(のち)に生まれたのが一葉なので、皆からとても可愛がられ大事に愛されて育った。

愛情たっぷり注がれた一葉は我儘放題に育つかと思いきや、物欲もなく年長者4人の言うことを聞き、見習い、一般的に『良い子』な女子高生と成長した。
しかし、外向けにはとても良い子に見えても身内から見れば心配の種であり、昔から学校以外は部屋に閉じこもって兄のお古のゲームばかりしていた為、友達と呼べる相手が高校生になってもおらず、学校で孤立している一葉にとって、常に姉と一緒にいる楽は家族以外に会話する唯一の相手だった。

そして、お洒落を気にする年頃なのに、一樹や一華の着なくなった服ばかり着ており、小柄で細身の一葉には兄姉の服は全てオーバーサイズでだらしなく見えていたが、学校以外は家から出ないので本人は全く気にしていなかった。
気にしていないと言えば、髪型も同じで長く伸ばしっぱなし髪はいつも邪魔にならないように、黒いヘアゴムで一つに纏められていた。

楽のスニーカーの横に脱いだ靴を揃え、制服のままリビングに向かうと楽が自分の家の様にソファーでくつろいでテレビを観ていた。そして、楽と同じようにソファーに座ってテレビを見ていた姉の一華が振り返りる。

「一葉おかえり~。遅かったのね。」

「一葉、今日の(めし)なに?」

「文化祭の準備を手伝わされてた…。てか、楽、いきなり夕飯の話?今日のメニュー、冷蔵庫に貼ってあるんだけど!」

砂川家も黒瀬家も共働きの為、平日の夕食は宅配のミールキッドを利用していた。そのメニューはいつも冷蔵庫に貼ってあり、当然、黒瀬家にほぼ毎日いる楽もそのことは知っていた。

「見に行くのめんどい。」

「はっ?この距離が『めんどい』??」

夕飯の支度をするのは普段引きこもって家にいる一葉の仕事になっていたので、帰宅と同時に楽は一葉にメニューを聞いたのだった。

「さっき見たけど、今日はから鶏の揚げって書いてあったよ~。」

疲れてイラっとしている一葉の代わりに一華が答える。

「お姉ちゃんは楽に甘すぎだよ。これっぽちの距離なんだから自分で見に行かせればいいのに。」

「一華は一葉と違って優しいだけだよ。」

楽は嫌味っぽく言った。

「…あっそ。」

制服のまま揚げ物をしては油がはねてしまうのでこのまま料理をするわけにはいかない。先に部屋に戻り着替えることにした。
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