君とゆっくり恋をする。Ⅱ【第6話完結しました】(短編の連作です)

そんな彼にも思うようにいかないことはある。


問題があれば手直しすればいい。リスクが高すぎるのであれば手を引けばいい。普段の仕事の場合は、そうやって対処をする。
けれども、〝これ〟は仕事のように単純明快なことではない。〝これ〟に関わると、敏生の慎重でありながら強気な思考は鳴りを潜め、暗闇の中を焦りや不安を抱えてさまよい歩く迷子のようになってしまう。

モヤモヤしてソワソワしてオロオロして……、いつもの自分ではないと敏生も自覚している。決して心地よくはないのに、それを切り離してしまうことを考えただけで、自分が自分でなくなってしまうかのような感覚になる。


敏生は大きく息を吐いて、エレベーターからの一歩を踏み出した。……が、すぐにその足取りは、心の中にあるためらいを映すかのように覚束なくなる。

手には、一本の水色の傘。外は雲一つない青い空、夏の日差しが燦燦と降り注いでいるのに、傘を持ち歩くかなんて不自然極まりない。こんな不自然で不合理なことをしているなんて、普段の敏生ではあり得ないことだった。けれども敏生は、まるで不審者のように総務部のあるフロアの廊下を行きつ戻りつ彷徨っていた。

< 2 / 59 >

この作品をシェア

pagetop