この恋がきみをなぞるまで。


「あ、あー……俺忘れ物した!⠀取ってくる!」

「え、ちょ、桐生くん!?」


本当に忘れ物をしたのか何なのか、桐生くんの移動教室はこの廊下を戻って突き当たりのはずなのに、途中の階段を下って行った。

取ってくるとは言ったけれど、戻ってくるとは一言も言っていない。


「もう予鈴鳴るけど戻らねえの」

「もど、るよ。でも待って、その箱」


筆が取り替えられていることを、わたしは城坂くんに聞けていない。

今じゃなくてもいいけれど、今じゃないと駄目だと思う。


「見せて、筆」

「嫌だ」

「……それ、(はな)でしょう」


意図は城坂くんにだけ伝わればいい。

確信を持ってそう告げると、城坂くんは顔を背けた。


「わかってるなら聞くな」

「どうして城坂くんが持ってるの。あのとき、替えたはずなのに」

「これは、俺の筆」


一度は逃げたはずの目はしっかりと戻ってきて、わたしを見つめながら一言一句を紡ぐ。


「自分で選んだんだから、自分のものだろ」


そう言って、行き先は同じはずなのにわたしを置いていく城坂くんに、追いつきたい。

廊下を走って城坂くんの横に並ぶと、少しだけ驚いたような顔をする。


「城坂くん」

「もうホームルーム始まるから後でな」

「好きな字、教えて」


進みながら話しているはずだったのに、一歩城坂くんを置いていく。

目を逸らすことなく、城坂くんは言った。


「ずっと、昔から変わらない」


それでわかるだろって、ぶっきらぼうに言い放って、城坂くんは今度こそわたしを置いていった。

狭い狭いと跳ねる鼓動が、激しく鳴り続けてる。


たぶん、ずっと、変わらず。

いつかどこかで歪んでしまった想いではあるけれど。

わたし、城坂くんのことが好きだ。

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