この恋がきみをなぞるまで。
『深緋』





ベンチに座る俺と、足元に跪く芭流。

花柄のハンカチが血に汚れるのも構わず、熱心に膝の傷を拭う芭流を、痛みに顔を顰めながら見下ろす。


最初は躊躇いがちで優しかった手付きがだんだんと無遠慮で強引なものになっていく。

傷口がひりついて、咄嗟に芭流の目元にかかる長い前髪の根元をつかんだ。


「っ……ごめんね、ちさと。痛いよね」

「やめろ、こんなの放っとけば治る」

「放っとけばって……おばさんが心配するでしょう」


困ったような顔で言って、芭流は俺の手をさっと振り払う。

こんな扱いをしても文句ひとつ言わず、しつこく構う芭流が心底鬱陶しくて、気味が悪い。


舌打ちを零すと、上手くいかずに歯の隙間から息がもれた。


「くそ芭流」

「なに、八つ当たり?」

「もういいだろ、離せ」


ようやく血が止まったらしく、傷口に押し付けられていたハンカチがそっと剥がされる。

空気に触れた傷口は冷たくて、痛くて、芭流に見られないようにズボンの布地を握りしめる。


傷の具合は、よくわからない。

血は平気だ。しょっちゅう鼻血を出すけれど、わざと手のひらにこぼしては母親に『遊んでいないで押さえていなさい』と叱られる。

怪我とか、そういう傷口を見るのが苦手だった。

今日は、ちょうど怪我をしたときに芭流が近くを通りかかり、こうして捕まっている。


「血は止まったけど、家に帰ったら消毒してきちんと手当てするんだよ」

「……帰っても、お母さんいないし」


この時間だとまだ家には誰も帰っていない。

まっすぐに俺を見上げる芭流の目から逃げたくて、顔を背ける。


「自分でやるの。これくらい、できるようにならなきゃ」

「はあ?」


何なんだよ、こいつ。

いつも上から物を言って、威張っていて、知った口ばかり叩く。

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