この恋がきみをなぞるまで。
ぷつり、とギリギリで繋がっていた細い糸が切れた気がした。
嫌に冷静になった頭で、色々なことを考えた。
あまりにも理不尽な言葉の棘たちを正当化するための、言い訳を。
これほどの棘を投げても、確かに突き刺さる感触を得ても、芭流は血の気の引いた顔で、それでも瞳だけはまっすぐだった。
こんなに強いのだから、何を言ったって平気なのだろう。
俺には、怪我を手当てしてくれる人がいる。
他の誰にも見せない涙を拭ってくれる人がいる。
芭流には、そんな存在がいない。
ほんとうは、馬鹿になんてしていない。
その手を引いて、どこか遠くへ連れ去ってやりたいとさえ思う。
けれど、俺と芭流はちがうから。
壊されたくない。自らの手で壊す勇気もない。
誰にも守ってもらえない世界で生きていけるほど、俺は強くなれない。
半年前、俺に何かと突っかかってくる近所の子どものひとりに芭流が手を上げた。
きっかけは、俺の生意気な口調と目付きだったらしい。
戯れにしては度の過ぎた行為も甘んじて受け入れてきた。
いつかは波が引くと信じて耐えているうちに、すり減った心の隙に、芭流は飛び込んできた。
悪態をつきながらも、強く突き放すことができなかった。
芭流の手だけが、俺に届いていたから。
守られていたのに、その手に救われていたのに。
誰も悪者にしない、という選択肢を選べなかった俺は、喧嘩の相手ではなく芭流をその役に仕立て上げてしまった。
目を閉じると、奥歯が震えて肩が竦む、あのときの衝撃が蘇る。
やり返されてもまた殴られるだけだと悟って、降りかかる何度目かの拳を受け止めようとしたとき。
皮膚と皮膚、延いては骨と骨のぶつかる嫌な音は、自分の体のどこからでもない場所で響いた。
『は……』
無意識にぎゅっと閉じていた瞼を開けると、見慣れた背中が俺を庇うように立っていた。
まさか、と思いながら、慌てて掴んだ芭流の肩は震えていて、恐る恐るその顔を覗き込む。
そこに想像していた怪我はなく、次いで聞こえたのは地面に近い位置からの呻き声。
『いってぇ……くそ、暴力女!』
『ちさとだって痛かったよ。その何倍も』
『本気じゃねえよ! ふざけんな!』
学年も体格も上の男子に怒鳴られて、怖いはずなのに芭流は怯みもせず、相手を睨みつける。
全く怖気付かない芭流に、相手は顔を引き攣らせて走り去って行った。