開けずの手紙ー完全版ー/長編呪い系ホラー【完結】

存在していたその木

存在していたその木



「やだー、今日はお爺ちゃんと眠るだもん！」

その夜、リカは祖父と一緒の布団で眠ると言い張って聞かなかった。

だが、アカリはこの数日、夫が夜中に夢にうなされて目を覚ましていることを危惧していた。
もし今夜も、同じように声をあげていきなり布団から起き上がれば、幼いリカが恐がるだろうと…。

奈緒子とアカリは粘り強くリカを説得しているのだが、この夜のリカは一向に諦める様子を見せず、しびれを切らした母親の奈緒子が声を荒げて諭すと、とうとうリカは大泣きしてしまったのだ…。

「はは、リカ‥。あのな、おじいちゃん昨日ね、恐い夢を見て夜中に大きい声を出して起きちゃったんだよ。それでな、隣に寝ていたおばあちゃんも驚いて目を覚ましてね。怖い思いをさせちゃったから、今晩もまた同じようにおじいちゃんが夜中に大きな声を出したら、リカに恐いさせちゃうから、お母さんもおばあちゃんも、おじいちゃんと寝ない方がいいよって言ってるんだよ」

「私、大丈夫だもん！」

「リカ…‼」

ここで奈緒子がリカの片腕を掴んで声をあげた。

「わーん！！」

無論、リカは大粒の涙を流しながら泣き叫んでしまう。


＊＊＊


「まあ、まあ、奈緒子…」

丸島は奈緒子をなだめ、目で合図した。
そして‥。

「わかったよ、リカ。おじいちゃんと寝よう。でも、おじいちゃんが夜中に起きて怖い思いをして、リカが泣いちゃったら、明日からはお母さんと一緒に寝るんだよ。約束できるかい？」

「うん！おじいちゃん、指きりげんまんしよう」

「よし！指きりげんまん…♪」

二人のやり取りを見ていたアカリとリカは、目をぱちくりさせて、しばし顔を見合わせていた。


＊＊＊


結局その晩、”例の夢”は丸島を訪れなかった。
リカも朝までぐっすり眠り、大人３人は翌朝ともにホッとした表情を浮かべていた。

「じゃあ、今朝は寄り道して行くんで、奈緒子、先にな…」

「うん、行ってらっしゃい…」

この朝、丸島は自宅から２０数年前、通っていたＨ高校に向かった。

”確かに当時のＨ高にはくびれ柳は植わっていたと思う。しかし、長い年月が経ってるし、もう抜根されている可能性は大だと思う。和田は今もあるだろうと予想していたが…”

家を出て３０分強…、丸島はまだ人気のないＨ高校に着いた。
だが、校門は閉まっていなかった。

”驚いた！あの当時とほぼそのままじゃないか…”

彼はいったん校門前でざっと校庭内を見回した。
すると不思議なことに、”当時”この高校に赴任していた際と思われる、諸々の断片的シーンが次々と脳に似蘇ってきたのだ。

彼はゆっくりとこう邸内に入って行った。


＊＊＊


”あそこだ！”

くびれや柳はあった…。
校庭の西側の隅に、どんと佇んでいたのだ。

”夢のなかに出てきた柳だ。無論、イメージ的な部分での同一感覚だが…”

彼は冷静だった。
鬼島則人が呼び寄せたことでの怯えや恐怖はなぜか皆無だった。

彼は木の周りを注意深く観察し、スマホで各部を何枚も画像撮りし、その後柳の木の根元と地面を腰を下ろして、直に手で触れながら、様子を確認した。

”夢に見た陥没や土の盛り上がりは全くうかがえない。よし、これも画像に収めよう…”

カシャカシャと小音を連発させながらいくつもの角度からスマホ撮りしたあと、丸島はその場を去った。
帰り際、当時と同じ校舎を見上げ、物理室のあった辺りの窓に目をやった。


＊＊＊


”なんとなくだ…。漠然って程度のあそこのでの就職希望者と面接したうすら覚えの断片シーン…。だが、言葉の一言一句は思いだせない”

要はそこが結論ではあった。
しかし、彼は今の時点に至り、”それ”はさしたる問題ではなかったことを悟っていた。

”そうさ…。何のことはない。鬼島は教師のオレに、そんなことを求めてはいなかったんだ。彼にとって重要だったのは、オレの教師として生徒と向き合う姿勢だったんだ…。クソッ！なぜそこにオレは目を持って行けなかったんだ…”

彼は歯ぎしりしながら悔やんでいた…。
だが、彼を呼び寄せ者にとっては、時すでに遅しであった…。