開けずの手紙ー完全版ー/長編呪い系ホラー【完結】
百夜殺しの衝撃



神奈川県西部の水野洋輔の経営する事務所…。
月曜日の午後、水野は出先から戻って車から降りると、すでに駐車場には白い車が1台止まっていた。

”津川さん、早いなあ(苦笑)。もう来てるわ…。ああ、ポスト見とくか”

入り口脇のポストには定形サイズの封書2通だった。
水野が中からそれらを手にすると、白い車からも年配の男性が降りてきた。

「はは、だいぶ早く着いちゃってね。こんちわ、水野さん」

「待たせて悪かったな、津川さん。さあ、どうぞ…」

水野は事務員もいない事務所のカギを開け、津川を中に通した。

「ああ、そこ座ってて下さい」

津川をひとまず応接の椅子に座らせ、彼はいったんデスクに着くと、持ち帰った書類を引き出しに入れた後、手にした郵便物をチェックした。

1通は取引先からの請求書だったので、開封して所定の場所へ保管した。

「うん?こっちは差出人が書いてないや。フン、大方毎度のDMだろう。差出人がわからなきゃ、とりあえず開けるだろうって…。その手に乗るかい!」

水野は手にした白い封筒を二度三度、裏表を確かめると、裏の上部、封がされているあたりに赤いシミのようなものが目に入っただが、彼は特段気に留めることもなく、中を開けずに両手でグイッと捻じ曲げ、そのままゴミ箱に放った。


***


その様子を目にしていた津川は、思わず苦笑いして水野にこう言った。

「おいおい、中も開けずにかよ。でもよう、捨てるんなら細かく細断しないと個人情報の洩れとかあるんだからさ…」

「んなもん、カンケーねえって。もうとっくに出回ってるよ」

彼はこう鼻で笑いながら、津川の正面に座った。

「で…、例の業者、どうでした?」

「うん。上に回してみるってさ。市場リサーチも済ませた上での採算ベースは概ね了解してるみたいだし、行けるかもしれんぜ」

「そうですか!ひとつ頼みますよ。これが正式に決まれば、お互いに起死回生の一打になるんだから」

「ああ、来週中には上の方針が出そうなんで、支店サイドにはもう一押ししとくよ」

水野はうんと頷いたあと、大きく肩で一息ついた…。
ここ数年、苦しい経営状態が続いていた彼にとって、足掛け半年近く折衝してきたこの大きな事業の受注が現実を帯びてきたことでは、まさにひと筋の光だった。


***


ちょうど同じころ…。
和田は、丸島の通夜に出かける車の中だった。
この日の運転は長男がしており、後部座席には妻、和田は助手席に乗っていた。

葬儀場への移動中、さすがに車内は沈痛な空気に覆われ、三人はほとんど会話を交わさなかった。

”丸島…、アンタの残してくれたもの、全部目を通したぞ。…どんなに辛い思いでその決断に至ったか…。オレはアンタから託されたことをすべてやり通すからな。許してくれな。力になれず…”

丸島の妻、アカリを通して彼が残した諸々の書類やデータ類には、まさしく”すべて”が収められていた。

それらにより、丸島がなぜ急に自殺を決断したか、和田や鷹山になぜ鬼島からの呼び寄せ夢について告げなかったのか、そして…、彼は和田に何を託したのか…。
その一切が、この時点の和田には回答として消化できていた。


***


”それにしても…、呼び寄せ夢とは…。鬼島則人は、丸島に宛てた開かずの手紙が開封せざるをない手段を二重三重に打っていた。鷹山さんの上封じの施術で、ヤツが死に際の憎念によってもたらされた血のりのシミは制御できたが、ヤツはその場合にも、開封と同じ執行力を成す仕掛けは敷いていたんだ”

その仕掛けこそ、丸島をくびれ柳の植わる場所に引き寄せ、カプセルの中に入れたおいた二年分の手紙二通を読ませることだった。
”呼び寄せ夢”を以って…。

”あの二枚の手紙は、事実上、鬼島の丸島への逆恨みに基づく呪いの実行宣言だった。ご丁寧に二年分、二回に分けて、通告しやがった。そして、その二枚こそが、先週の月曜日に届いた開けずの手紙の中身だったんだ…”

つまり、鬼島の呼び寄せ夢の中にひっぱり込まれた丸島はあの二枚を読まされることで、開かずの手紙を開封し中身を見たことになった…。
で…、呪いは発効されたと…。

”呼び寄せ夢から丸島が持ち帰ったその二枚の手紙は、この俗世では文字が消えていた。しかし、丸島の脳には刻印されたんだ。そこで、彼はくびれ柳の元で読んだ文面をそっくりワープロに残した。その二枚の中身をオレは丸島から受け取って読んださ。まさに、それはおぞましい限りの鬼島からのメッセージだったよ”

ここまで頭に浮かべると、和田はあまりの陰鬱な酷さに気分が悪くなった。
そのキーワードは”百夜殺し”…。



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