恋文の隠し場所 〜その想いを読み解いて〜
 先生の運転する助手席に揺られ、自宅前のマンションに着いた。

「ここで合ってますか?」

「はい、本当にすみません……」

「いえ」

 先生は爽やかな笑みを浮かべると、エンジンを切り私の荷物を手に持った。

「お部屋まで、お持ちしますね」

「いやいや、それは本当に大丈夫ですから!」

「でも、ほら、前みたいに滑って転んだら危ないですし」

 それを言われると、何も言えなくなる。
 私が押し黙ると、先生は車を降りて助手席のドアを開けてくれた。

 部屋まで送ってもらい、「ありがとうございました」と頭を下げる。

「はい、お大事にしてくださいね」

 先生はそう言って、開きかけたドアを閉じた。

「ああ、忘れるところでした」

 先生はそう言って、私に本を差し出した。

「あの恋文、個展の間の息抜きに解読進めてたんですよ。終わったので、これを記念に宍戸さんにあげようと思って」

 差し出されたのは、あの和綴じ本だった。

「ラブレター、挟んでありますから。宍戸さんも、解読できたら教えてくださいね」

 先生はそれだけ言うと、帰っていった。


 バタンと扉が閉まる。
 私はその場にヘナヘナと座り込んでしまった。

 勘違いをさせ、わざわざ送ってもらった。その優しさに胸がキュンとなるけれど、同時に私たちをつなげていた、古のラブレターを渡されてしまった。

 和綴じ本を胸に抱えると、ホロホロと涙が溢れた。

 私と先生は、本当にこれ以上は近づけない。
 先生と、生徒。
 雲の上の人と、一般人。

 それを思い知らされた気がした。

 ――でも、これでいいんだ。思い出は、この和綴じ本に閉じ込めよう。

 よろよろと玄関から立ち上がる。
 のそのそと移動して、部屋のソファに身を預けた。

 先生との思い出がつまったラブレターをもう一度見たくて、和綴じ本を開いた。

 ページとページの隙間にそっと輪を作り、そこにあるラブレターを優しく抜き取る。
 四つ折りにされていたそれを、そっと開いた。
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