空に一番近い彼

傷心

日中、私は買い物に麓のスーパーまで出向こうと考えた。どうしても彼を感じたくて、スーパーに行く前にタクシーの運転手さんに頼んで大迫緑苑の近くまで行ってもらった。

すぐに戻るので、待っていてくださいと打ったスマホを見せ、事務所にそっと近づいた。正面から行く勇気がなかったので、裏の方に回った。人影が見える。ゆっくりゆっくり近づくと、駿さんの姿が目に入った。そしてもう一人、女性の姿も目に入った。彼女は彼の首に腕を回し、彼の唇に自分の唇を重ねた。

え………

私は目の前で起きていることを受け入れられず、そのまま後退りした。
今のはキスだよな……
目の前が真っ暗になり、ふらふらとタクシーまで戻った。そしてスーパーへは行かず、別荘まで乗せて帰ってもらった。

あの女性は誰なのだろう。
とても激しいキスだった。

玄関まで行く気力もなくなり、ガーデンチェアーにドスっと腰を下ろした。大きな溜息が出る。すると、私の前に人影が現れた。
ゆっくりと視線をやると、そこには、変わり果てた姿の智紀が項垂れるように立っていた。憔悴しきった彼の身なりは、モテ男と言われていた時とは全く別人のようだった。

彼は薄ら笑うと《美咲》と私の名を呼んだ。

どうしたの?そう聞く間もなく、彼は私を押し倒し馬乗りになると《ごめんな》と口を動かした。彼の手が私の首にかかる。

きっと彼はここに死場所を求めにきた。私を道連れにするつもりだろう。私は冷静だった。駿さんのキス現場を見ていなければ、こんなに冷静ではいられなかったと思う。もう、どうにでもなれとやけになっていたのかもしれない。

私の首にかけた手は震えている。力もあまり入っていなかった。
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