月下の逢瀬
『椎名、あのな』


先生はまだ言い辛そうに口ごもり、


『ちょっと……久世の家は複雑な事情があるみたいだ。
今は、宮本しか側についていない、から』


と言葉を選ぶように言った。


『どういうこと?』


『今度、話す』


とにかく今日はもう休みなさい、と電話は切れて。



それから今日まで、先生は玲奈さんの状態を知らせる電話はくれるものの、
それ以外は何も教えてはくれない。


理玖からは、何の連絡もない。


玲奈さんにバレて別れたときに、あたしのアドレスや電話番号を消したの?
そう思いながらも、ケータイを手放せないでいる。


理玖は、お腹の子のことをどう考えているんだろう。

いつもの通学路を歩きながら、お腹に手をあてた。
悪阻が酷くなるにつれ、妊娠しているのだということを体で理解した。
一秒、一分、確かに成長している命の存在。


玲奈さんは心配だけれど、今育つ命を放ってはいられない。


あなたのパパは、あなたをどう思ってるんだろうね?


ため息を一つついた。


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