転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします

そういえば逸生さんの急用って何だったのだろう。さっき小山さんが、今日は松陰寺親子が来社すると言っていたからその関係かな。

やっぱり小山さんの言っていた通り、逸生さんの婚約者は松陰寺さんになるのだろうか。


「…はぁ」


怠い身体を引きずるように歩きながら、無意識に出た溜息を吸い込むように深呼吸する。

そのまま人気が少ない自販機の前にやって来た私は、とりあえず身体だけでも元気にするためエナジードリンクを買おうと、ポケットから小銭入れを取り出した──その時だった。


「──君、逸生の秘書?」


突如、抑揚のない低音が鼓膜を揺らし、小銭を探っていた手がピタリと止まった。


「…はい」


返事をしながらゆっくりと振り返れば、そこに立っていたのは、何度も遠くから見たことはあっても一度も言葉を交わしたことのない、あの人物だった。


「…副社長……?」


あまりの衝撃に思わず声が漏れた。だって、入社してから今日まで、言葉を交わすどころか目が合ったことさえなかったから。

長年働いている古布鳥さんですら、この人と会話をしたのは数え切れるほどらしい。

無愛想でコミュ力皆無。若干耳が痛くなる彼のデータを散々周りから聞かされていたけれど。実際にこうして対面してみて、そう言われていた意味がやっと理解出来た気がする。

氷のように冷たい視線。無機質な声。九条家の遺伝子なのか、背が高く威圧感もある。
高身長なところは逸生さんと同じだけれど、それ以外はまるで真逆で、人を寄せ付けない空気を纏っている。

この人が本当に逸生さんのお兄さん?と、正直疑いたくなるほど、近寄り難いオーラを放っていた。

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