転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします





「お母さんただいま」

「あら紗良、久しぶり。あんた今までどこで何してたの」


実家に帰ると、キッチンにいた母が冷静に口を開いた。そんな彼女はどうやらお菓子を作っているらしく、部屋中に甘いにおいが漂っている。


「会社は辞めましたが元気なので心配しないでくださいって、変なメッセージだけ寄越してそれから音信不通になるからびっくりしたじゃない」

「うん、ごめん。バタバタしてた」

「お父さん、紗良が心配だーって気が狂ったように毎日お酒飲みながら龍馬伝見てたわよ」

「元気そうで何よりだよ」


ダイニングチェアに腰を下ろせば、お母さんが淹れたてのコーヒーを出してくれた。

逸生さんの家とは違って、家具も家に飾られているものも、出されたコーヒーも何もかもが庶民的なものだけど、久しぶりの実家は自然と心が落ち着いた。


「会社辞めたこと、相談しなくてごめんね」

「それはいいけど、今は何してるの?ちゃんと生活出来てる?」

「それは大丈夫。もう新しいところで働いてるから」

「あら、じゃあ就職祝いあげなきゃね。今アップルパイ作ってるから、これでいい?」


なんて安い就職祝いなんだろうと思ったけれど、母が作るアップルパイが大好物の私は「いいよ」と頷く。

母はそんな私を見て嬉しそうに微笑むと「新しい職場はどう?」と鼻歌を歌いながら問いかけてきた。


「みんないい人だし、楽しいよ」

「あらそう、良かったわねー」


親の前でも決して笑わない私の口から“楽しい”なんて言葉が出ても説得力なんてないけれど、母は作業しながらも私を一瞥すると「顔が生き生きしてて安心したわ」と声を弾ませた。

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